「がったん、ごっとん、しまんとじかん」
そんなキャッチコピーで今年8月、予土線のトロッコ列車に180人が招かれた。乗車券、座席指定券のほかカヌー利用券(四万十市)、松葉川温泉利用券(窪川町)など各町村ゆかりの特典が当たる乗車促進キャンペーン。窪川町から四万十市までの4市町村で組織する「県予土線利用促進対策協議会(促進協)」が、「今年の夏は四万十へ」とPRに力を入れた。
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昨年の予土線の輸送人員は約43万人。平成元年(約93万人)の半分以下だった。JR四国全線合わせた乗客数も減り続けてはいるが、予土線が占める割合でみても、元年は1・5%だったのに、14年にはついに1%を割り込んだ。四国全体を上回るスピードで落ち込みが続いている。
昭和56年の国鉄再建法施行の際は路線廃止を免れたが、予土線がその後も有力な廃止対象であることに変わりはない。四万十川ブームで国鉄はどんどん団体客を送り込み、外部からの利用客は増加している。にもかかわらず、実績はダウン。つまり、地元の利用が減り続けているのだ。
「乗って残そう」――。56年のピンチを逃れ、それまでの地域の組織を再結成する形で促進協の前身が発足したのが59年。当初の負担金は北幡3町村が各15万円。窪川はその半分の7万5000円だったが、その後規模は徐々に縮小されていった。ごろ合わせで4月10日を「予土線の日」にしよう、などという案が浮かんでは消えた。
年に1回の「予土線利用促進ゲートボール大会」を開くのが、予算的にも精いっぱい。そんな地元利用を促す地味な取り組みから一転、観光客誘致に切り替えたのが冒頭のキャンペーンだ。全線開通から30周年を迎えた昨年、ゲートボール大会に代わる事業として試行した。応募は昨年、今年とも定員の2倍ほどに達し、観光路線としての人気の高さを裏付けている。
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延べ6日間、予土線で行ったり、来たり。途中下車しつつ沿線の人を訪ねる慌ただしい旅の中にも、“しまんとじかん”は確かに流れていた。
一方で、隣町に薬を買いに行くおばあさんの話に言葉が詰まった。過疎にさいなまれ、鉄路を生活の足として頼る中山間の暮らしを垣間見た。乗客は減っても、一人一人の利用目的は、より切実になっている。
窪川町と大正町、十和村は来年3月、合併して「四万十町」へ。予土線は四国循環に欠かせない路線として、また沿線の新しい「町」と「市」をつなぎ合わせる役割も担って、走る。西へ東へ、清流の名を頂く地域の山あいに、「がったん、ごっとん」、昔と変わらぬ音を響かせながら。
【写真説明】ひっそりとした四万十川の山あいに、予土線のワンマン列車の音が響く。全線開通から31年が過ぎた(大正町田野々)
(夕刊特報部・森 一公)
=おわり=
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