♪花嫁は 夜汽車に乗って…
昭和58年12月10日、予土線の車中にヒット曲「花嫁」が流れた。
幡多郡西土佐村用井(現四万十市)の新婦、竹崎恵美さんが、新郎の大正町田野々、山本安弘さんのもとへ嫁ぐ日。当時20代前半の若い2人が、あでやかな花嫁衣装と紋付きはかま姿で列車に乗り込むと、高らかに警笛のウエディングベルが響いた。
「いやもう、恥ずかしいがー。最初はあのくねくね曲がった山道を車で行きよったら酔うてしまうと思うただけやけん」
大いに照れながら振り返る山本恵美さん(45)。宇和島市の短大に通った学生時代、毎日利用して愛着があったから予土線での“こし入れ”を思いついたが、これが当時の高田茂・江川崎駅長の計らいなどで盛大なセレモニーとなり、ニュースは全国に流れた。
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短大時代の汽車通学は片道約1時間20分、往復3時間近くかかった。「いろんなこと考えて、知らない人と話もして。大きな荷物を背負うた行商のおばあさんらあもおったねえ。通うのがしんきな(面倒くさい)と思うたことはないがです」。1日の8分の1、ひいては青春真っただ中の2年間の8分の1を、予土線の車中で過ごしたわけだ。
卒業式の際には、めでたく総代で証書を受け取った恵美さん。念願の保育士となって大正町の保育園に勤めることになる。青年団活動を通じて知り合ったのが、役場職員の安弘さん(45)だった。
初めてのデートで、2人に試練が訪れた。先に高知市内に出向いていた安弘さんと高知駅で待ち合わせた恵美さん。江川崎駅から予土線に乗り込んだが、「信号の故障か何かで、打井川あたりで汽車が止まってしもうて」。連絡も取れず、運行再開もいつになるやら。ようやく高知駅に着いたときには、約束の時刻を5時間も過ぎていた。
「ほんならまだ待ちよってくれて。あれでピピッっときたがよねえ」。予土線のトラブルには全く気付かず、駅周辺を行ったり来たりして待っていたという安弘さんを見つけた瞬間、“恋愛モード”は一気に加速したに違いない。お目当ての映画「E・T・」の上映にも間に合って、“5時間待ち”の試練を乗り越えた。
「待つ方も待つ方やけんど、行く方も行く方じゃとからかわれて」。もしあのとき、どちらかがあきらめて駅にいなかったら…。
以来、20余年。今では12歳から20歳、1男2女を授かり、幸せな家庭を築いた。たいていの夫婦同様、山もあり谷もあったが、「夜、夫婦げんかしても9時ごろには列車がもうないけん、実家に帰れんがです」。恵美さんにとって予土線は、人生に欠かせない“かすがい”でもあった。
【写真説明】“ウエディング列車”に乗った山本安弘さん、恵美さん夫婦。ラジカセのミュージックサービスは高田茂・江川崎駅長(昭和58年12月、予土線江川崎―半家間)
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