私たちが住んでいる窪川町興津は、ウミガメの産卵とシイラ漁で有名な海の町です。夏には多くの人が、海水浴にやって来ます。水の澄んだきれいな海は、私たちの誇りです。
しかし、海に面していることで、逆に心配なこともあります。それは地震の時に起きる津波です。次の南海地震は、私たちが生きている間に起こるといわれています。そこで、1946(昭和21)年の南海地震を経験している、地区のお年寄りにお話を聞かせてもらいました。
松下マスノさん(76)は当時17歳。揺れている時は、立つ事も座る事もできないぐらい、家が揺れたそうです。「高台にある奥ノ谷に逃げたが、津波は家の1階の屋根まで来た。水はなかなか引かんかった」と言っていました。
村田博郎さん(80)、トエさん(79)ご夫婦も、「津波は来る時は遅いが、引く時はとても速いき、注意せにゃ」と、津波から逃れるため、高台や、山に逃げることを教えてくれました。
また、日ごろからの用意も大切です。田村衛さん(83)、茂美子さん(75)ご夫婦は「地震が起きたら、すぐ持って逃げるように、懐中電灯、水、カンパンなどをリュックサックに入れておいて、地震情報を得るために、ラジオも準備しておくこと」と話してくれました。
先日の防災学習で、浦戸小校区のウオークラリーをしました。興津にも浦戸のような誘導灯や、避難道が欲しいなと思いました。
次の南海地震は、昭和の時よりもかなり大きいといわれています。「地震は甘くない」という心を持ち、地震に備えたいと思います。(村田紘盟、竹中数馬、田村有李、甫喜本実咲)
【写真説明】防災学習で高知市浦戸を訪れた児童たち(高知市浦戸)
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