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師走。高知の、全国の映画館のスクリーンに、巨大な怪物が映し出されている。町を包む炎。響き渡る咆哮(ほうこう)。人気映画シリーズの主役、ゴジラである。
1954(昭和29)年、1作目のゴジラはビキニ事件を基に、水爆実験が放射線を吐く怪物を生んだと設定した。避難所のシーン。少女に向けられたガイガーカウンター(放射線測定器)が不気味な音を立てる。肩を落とす医師―。
被ばくした元船員、それを追う県ビキニ水爆実験被災調査団や幡多高校生ゼミナールの取材でも感じた。事件の実相の中から、私たちが伝えなければならないもの。それは、傷ついた人間の痛みではないだろうか。
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調査団副団長で幡多ゼミ顧問の山下正寿さん(59)=宿毛市山奈町=は今秋、広島市立大学の広島平和研究所の助手と、事件に関するアメリカの機密文書を分析した。
書かれていたのは亡くなった第五福竜丸の無線長、久保山愛吉さんの解剖結果や、同船乗組員の精子の数の異変。関係機関同士でやりとりした電報もあった。
山下さんの結論。それは「日本から情報を奪い、核開発競争相手のソ連に情報が漏れないようにしただけではない。核を持つ権力者はその威力を示し、国民に対して効果的な兵器であることは宣伝する。が、被害は隠ぺいするということだ」
一方、傷ついた人々も痛みの大きさに自らの奥深くに封印する。そこに時間の流れが加わり、すべてを風化させていく。
その行き着く先は。痛みを知らない社会―韓国は在韓被爆者を置き去りにしていた。痛みを封印させた社会―高知では被災船員の娘、下本節子さん(54)が苦悩していた。「家族なのに痛みを分かってやれなかった」
では、痛みを伝えることの先にあるものは一体、何か。
隠ぺいと封印にあらがい、調査団や幡多ゼミは85(昭和60)年、2人の青年の死を掘り起こした。その活動が広く知られるようになると、県内各地の港町から「おれも『死の灰』を浴びた」などと声が上がり始め、全県的な健康診断の実施につながった。
ビキニ事件後の「灰滅の海」は、まだまだ分からないことが多い。が、先日、山下さんは宿毛市内の男性から言われた。「わしもサモアに行った。被ばく者の健康診断があるなら受けたい」
被災船員は廃棄したマグロの代金は「弁償」してもらったが、「命の補償」は誰も受けていない。封印を解き、一人でも痛みを訴える人が増えることで救済を求めるうねりは大きくなる。救済の対象をきちんとつかむことにもつながる。
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師走。宿毛市の自宅に山下さんを訪ねた。調査団がまとめた「もうひとつのビキニ事件」が平和・協同ジャーナリスト基金の基金賞(大賞)を受賞。3日の東京での表彰式後、神奈川県に住む本県出身の被災船員らに再会してきた、という。
「その場で『被災者救済のアクションを起こしましょう』と訴えてきました。国会に働き掛けたり。究極は訴訟ですが」。年明けには韓国の高校生たちが来高し、幡多の元船員から聞き取り調査を行う予定だ。
すべては被災者救済のために。痛みをなくし、二度と表れることのないように。どうしようもなく「痛み」を繰り返し生み出しかねない人間の、終わらない営みである。
【写真説明】韓国調査の結果を報告する幡多ゼミの高校生ら。年明けには韓国の高校生が来高し、合同調査を行う。活動は終わらない(11月7日、宿毛市平田町の宿毛工業高校)
(2004年12月27日付朝刊掲載)
(おわり)
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