
「『パブロ、胸を張りなさい』と遠くからジャクリーヌ夫人が叫んだ。ピカソは慌ててポーズをとった」
美術評論家、瀬木慎一の著書「ピカソ」には、ピカソとジャクリーヌの生活の一端が鮮やかに切り取られている。
冒頭は、瀬木がピカソの写真を撮ろうとしたときのことだ。「私が幾度かアトリエを訪ねたときも、まず電話で時刻を指定するのは彼女であり、画家と会っている間も、突如どこからか現れては用件をテキパキと処理し、時には夫に対して何かを強く促すのも彼女だった」
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ピカソがいる、とびっくりした。
バロリスの小さな陶芸博物館の奥まった場所に、陶器を制作する等身大の精巧なピカソ人形が置かれていた。
ピカソの身長は150センチほどだったという。人形も忠実に作られているのだろう。しかし、その小柄な人形ピカソは強烈な存在感を放っていた。
とても愉快になった。
20世紀の巨匠画家は、とにかく絵でも陶芸でも、何かを自分の手でつくり出すことが好きでたまらないのだ。そんなエネルギーにあふれた小柄な老人なんだ。
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バロリスでピカソは陶芸という新しい芸術と出合い、そしてジャクリーヌ・ロックと出会った。
ジャクリーヌは当時26歳で、ピカソが親しくしていた陶芸業者ジョルジュ・ラミエの親類の女性だった。恋人フランソワーズ・ジローと別れた後、ピカソは彼女と正式に結婚することになる。
本県で開催されるピカソ展は、彼女がずっと秘蔵していたコレクションによるものである。そして、もしジャクリーヌという有能なマネジャーがいなければ、晩年の作品の充実はなかったかもしれない。
「ピカソの『新しいミューズ』と自他ともに認めたジャクリーヌは、ピカソに関わる人々にとっては女性の聖ラファエル、すなわち最大の守護天使であり、美麗ではあったが片手に剣を携えていた。それによってピカソはその晩年において、あらゆる社交と雑事から守られ、制作に没頭することができたと言える」(同著)
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ジャクリーヌと過ごしたピカソ終えんの地へと向かった。
【写真】バロリスにある陶芸の博物館にあった精巧なピカソの人形