
ピカソの生誕地マラガは、スペイン有数のリゾート地でもある。
訪れたのは11月初めであったが、日中はシャツ一枚でも過ごせるほどの陽気だった。その陽気を惜しむかのように、観光客たちはカフェの戸外に置かれたテーブルに集い、ワインやコーヒーを楽しんでいた。
生家のすぐ近くにある古城に登った。マラガの港と街を一望できる高さがある。
鳩(はと)が舞い降りて、その城壁にとまった。画家であったピカソの父は、この鳩を写実的な方法で描くことに情熱を注いでいた。父は大胆な構図を得ようと、一羽一羽の鳩の絵を切り抜き、画面に並べてみることもあったという。
後年のことだ。ピカソはキュビスム(立体派)という絵画の革新を図る中で「パピエ・コレ(張り紙)」と呼ばれる手法をとる。画面に新聞紙や切符などさまざまな物を張り付けて、新しい絵のかたちを生み出した。鳩を切り抜く父の姿もヒントになったのだろう。
その後も鳩はピカソにとって重要なモチーフとなっていく。ピカソは世界平和会議のポスターとして鳩を描いたことがある。古来から鳩は平和の象徴だったといわれるが、ピカソの描いたその鳩によって、それはより強いイメージとなり国際的に定着していったという。
父の影響を受けたピカソだが、その父子の関係には物悲しさも漂う。
ピカソ13歳のころのエピソードだ。父は自分が描いていた鳩の足の部分を息子に任せた。散歩から帰って見事な出来栄えの絵を見た。父は深い感動のあまり、自分の絵画の道具をすべて息子に与えてしまった。すでに息子の能力は自分を超えていると思ったからだった。
マラガに来て、ピカソの父のことをとりわけ思った。平凡な画家であったと伝記には書かれている。周囲をその才能で驚かせる非凡な息子を持つ気持ちはどんなであろう。何も絵を描くことをやめることはないのにと思う。
マラガの古城に鳩が何羽も舞い降りる。少し休んでは、また飛び立っていく。ピカソの父は、この鳩を解体してまで、その絵を描いたという。
【写真】マラガの中心地にあるカテドラル。夕暮れを迎えてライトアップされた