高知新聞
天気追加:
地震情報
台風情報
中部の天気
東部の天気
西部の天気

高知のニュース
国内・国際ニュース
おすすめトピックス

高知新聞購読申し込み

携帯サイト
iPhone版も登場!
坂本龍馬の部屋

とさあち
いちの土佐
おすすめグルメガイド

ピックアップ
楽しもう英語 English is Fun!!
岩崎四代物語
高知ファイティングドッグス

まんが
きんこん土佐日記web版
単行本7巻発売!
にゅーすけっち

病院・診療所 診療科目ガイド

ミュージアムマップ
イベント情報

音声ブラウザーご使用の方へ

47clubでお買い物

Google


 
高新写真コンテスト募集
声ひろばなど投稿
記事データのご利用
後援申請の用紙
サイトからのお知らせ


高新住宅総合展示場ライム

土佐いごっそう倶楽部

47news

釣りタイムズ
地球33番地公式サイト

企業情報
高知県内リンク
第11回移動高知新聞
ふれあい高新IN南国

南国こども新聞   11月4日朝刊

 「第11回移動高知新聞 ふれあい高新in南国」に合わせて掲載している「南国こども新聞」。3回目は大篠小、稲生小、長岡小、奈路小、鳶ケ池中の5校が元気いっぱい登場です。浜田純市長にインタビューを試みた小学校があれば、似顔絵を子どもたちに贈り続けている校長先生のほのぼのとした話題も。中学生は制服問題にこだわって、ニュースのほか、「私たちの主張」でも堂々の論陣を張ってくれました。

吾岡山の秘密を取材 大篠小

浜田純市長に取材する大篠小の児童たち(南国市役所)  大篠小学校のすぐ南には、吾岡山という山があります。不思議なことに頂上は平らでサッカー場や公園があります。

 私たちは吾岡山でたくさんの人に会いました。南国市だけでなく、他の町から来ている人もいました。気持ちがいいのでよく散歩に来るという人もいました。走りに来たりサッカーをしている人もいました。数えてみるとその日は43人の人が来ていました。

 吾岡山は、風がとても気持ちよくて海も見えます。秋にはアケビもとれます。私たちはそんな吾岡山が大好きです。

 でも、どうして山の上が平らなのでしょうか、昔からこんな形だったのでしょうか。市役所へ行って調べてみることにしました。

 吾岡山は昔は地元の人から鯨山(げいざん)と呼ばれて親しまれた山だったのですが、高知空港を拡張するときに山の上の部分をけずりました。その理由は、飛行機が飛んだり降りたりするときにちょうど吾岡山の上を通り、そのときの高さがぎりぎりだったので、安全に飛べるようにするためでした。けずった石はセメントの原料の石灰石で、土と一緒に売られたそうです。

 そして、「スポーツ広場」や「子どもの広場」などが4年間かけて造られ、「吾岡山文化の森」と名付けられました。遊具だけで1億円の費用がかかったそうです。

 私たちは、吾岡山をもっと楽しくするためにどうしたらいいか考えて、市長さんのところにお願いに行きました。

 市長さんは「おもしろいですね」「賛成です」と言いながら話を聞いてくれました。近くの公民館に吾岡山や地域の歴史が分かる資料をおく計画があることや、私たちの提案した「パンフレットづくり」についても考えておきましょうと言ってくれました。また、大人の人たちで「ミニSL」を走らせたり、「冒険の森」を造って吾岡山を楽しくしようとしている人たちがいることを教えてくれました。

 これからも、吾岡山をみんなで楽しく使えるように大事にしていきたいと思います。  

(勝賀瀬智大、山中梓、鳴瀧美由紀、高橋祐朱、石田里也子、西本正和、泉本晃樹記者)

 【写真説明】浜田純市長に取材する大篠小の児童たち(南国市役所)

稲生に伝わる河童伝説 稲生小

河童の絵が描かれた稲生橋(南国市稲生)  みなさんは、稲生地区に河童(かっぱ)橋や河童を祭っている河泊(かはく)神社があることを知っていますか。

 毎年7月には河童祭りを行い、河泊神社に河童の好物であるナスやキュウリをお供えします。お供えをすると、夏に病気をせず、水難事故にもあわないと昔からいわれています。ふだんは静かな町も、この日ばかりは、お祭りを楽しみにしている人たちが訪れ、すもう大会や夜店でにぎわいます。

 稲生と河童の関係に興味を持った私たちは、先日、中谷公民館で河童のことにくわしい浜田龍雄さん(72)から、話をうかがうことができました。

 河童は、肌がヌメヌメしていて、手には水かきがあり、背中には亀のような甲羅がある架空の生物です。高知県では、エンコウ(川・沼・海にすむ)やシバテン(山にすむ)と呼ばれています。どちらも土佐を代表する妖怪です。

 浜田さんによると、河童の祭りが始まった由来には、二つの説があるそうです。

 一つ目の説はこうです。ずっと昔、稲生を流れる下田川に河童がすんでいて、川に来た村人にいたずらをして困らせていました。たえかねた村人たちは、河童が誤って陸に上がった時、大勢で河童をいじめました。それを見かねた円福寺のおしょうさんが河童を助けてあげました。その恩に心をうたれた河童は、それからというもの、いたずらをやめ、水辺で遊ぶ村人たちの安全を守っているということです。

 二つ目の説はこうです。江戸への参勤交代の帰りに、大名行列が、川を渡ろうとした時、川が洪水のため渡れませんでした。その時、河童が現れ、大名行列の人々を一人ずつ対岸まで運んでくれたのです。その優しさに感謝して、河童を祠(ほこら)に祭るようになったと言われています。

 浜田さんに話を聞き、稲生橋に河童の絵が描かれている理由がとてもよく分かりました。皆さんも、河童の言い伝えとともに、川を大切にしてほしいという気持ちを受け継いでいってください。  

(山田薫、中沢彩花、井上智也、浜田茉佑、浜田明李記者)

 【写真説明】河童の絵が描かれた稲生橋(南国市稲生)

卒業生へ似顔絵 校長先生から贈り物 長岡小

笑顔で児童の似顔絵を描く校長先生(南国市下末松の長岡小)  長岡小学校では毎年、卒業式の会場に卒業生の似顔絵がかざられています。これは、校長先生の児玉富貴子先生が一枚一枚心をこめて色紙に描いた6年生の似顔絵です。

 絵を描くことが大好きな校長先生に、私たちはくわしくお話を聞くことにしました。

 校長先生は9年前、前任校にいたときから描き始め、今までに500人くらい描いたそうです。なぜ描き始めたのか聞くと、校長室に遊びに来た1年生があまりにかわいかったから似顔絵を描いてプレゼントしたら喜んでくれたので、卒業生にも似顔絵を描いてプレゼントすることにしたのだそうです。

 図工などが早く終わった時間や休み時間に、校長室で一人一人のデッサンを描き、家に帰ってから色をぬるということでした。校長先生としての仕事もたくさんあっていそがしいのに、すごいなあと思いました。

 似顔絵を描くときはまず、どの角度から描いてほしいかを6年生に決めてもらってから始めるそうです。子どもたちのことをもっと知りたい、夢や希望を持ったりっぱな大人になってもらいたいと願って、将来のことなどの話をしながら描いているということでした。

 今までに一番心にのこっているのは、いつもいたずらばかりしていた男の子が、一生けんめいポーズをとってくれたときの絵だそうです。きっとその男の子にとっても、いい思い出になっていると思います。

 みんなの素直な心や表情に感動して、それを絵に表すことは楽しいし、生きがいでもあるのです。だから、校長先生をしている間は、卒業生への似顔絵の贈り物は、ずっと続けるそうです。

 校長先生が心をこめて描いてくださった似顔絵は、一人一人の一生の宝物になるでしょう。来年は、私たちもぜひ描いてもらいたいです。楽しみにしています。  

(川上菜央、国則京花、堀見日向子記者)

 【写真説明】笑顔で児童の似顔絵を描く校長先生(南国市下末松の長岡小)

思いを込めた特認校制度 奈路小

スクールバスで元気良く通学する奈路小の子どもたち  平成12年度に奈路小学校の小規模特認校制度は始まり、四国でも初めての特認校になりました。特認校とは、南国市内の子どもなら校区外でも奈路小学校に来られる制度です。

 特認第1号は今の5年生の2名です。今ではスクールバスもとおるようになり、特認の友達も、1年生3名、3年生3名、4年生1名、5年生2名、6年生1名の計10名となり、奈路小学校の4分の1までに増えました。

 私たちは、校長先生と奈路地区総代の西内堅二さんにお話を聞きました。そのお話から、「学校をなくしたくない、奈路小学校を残したかった」「子どもを奈路小に増やしたい」という思いが伝わってきました。

 西内さんの言葉で、「特認校が決まったときは、うれしくて、うれしくて、信じられないほどうれしかった」「特認の子どもたちを奈路地区の孫のように思って受け入れたい」という言葉が心に残っています。

 今年の4月に入学した特認の1年生の保護者の方にアンケートをしました。どのお家の方も奈路小を選んでよかった、という意見でした。その理由としては、1年生から6年生までがとても仲良く助け合っていること、先生方や地域の人たちと子どもたちがつながりあっていることなどがありました。

 特認校として認められるまでには、地域の方や校長先生、その他たくさんの人々の思いがこめられていることがわかりました。地域の人がこんなに優しく受け入れてくれるところは、めったにないと思います。

 私たち5年生の4名も、特認制度がなかったら、めぐり会えていませんでした。こうして、出会えたことは、とてもよかったと思います。4人でいることによって、1人ではできなかったことができ、いろいろな個性が出せて、自分の思ったことも言い合いながら、楽しく過ごしています。私たちが誇りに思っている奈路小がいつまでも残っていてほしいです。  

(小松茉愛、西川龍蔵、浜田華、道倉七瀬記者)

 【写真説明】スクールバスで元気良く通学する奈路小の子どもたち

制服見直しへ取り組む 鳶ケ池中

制服問題を話し合ったパネルディスカッション(南国市東崎の鳶ケ池中)  鳶ケ池中学校は、制服の見直しについて取り組んでいます。見直しをしようとしたきっかけは、「セーラー服では冬寒い」という女子生徒の声と、「中学校に行ったらスカートをはかないかんき嫌や」という小学生のつぶやきからでした。

 私たち中学生は、男子はズボン、女子はスカートと決まっていて、それぞれ選ぶことができません。高校や会社では、服装という視点から見ても、どこを選ぶか自分で決めることができます。

 不登校になっている仲間の中には、学校に行こうとしたときに制服がハードルになっている人がいることも知りました。授業では、今まで制服がどんな役割をしてきて、これからどうしていくべきかをそれぞれが思うことを話し合いました。

 そこで生徒会を中心に、保護者や地域の声も聞きながら、見直しを進めてきました。保護者、地域に何度もアンケートを取る中で、「中身を磨かずに外身のことばかりいう」という意見があり、とても残念に思いました。私たちが制服問題を通して考えてきた、不登校の人のことやジェンダーの考え方、何よりただのわがままやおしゃれから始まった取り組みではないということを分かってもらいたいと思います。

 昨年度大きな盛り上がりをみせた取り組みも、今年は一部の生徒だけで取り組んでいる感じで、思うように制服の改善は進んでいません。先日、学校改革プロジェクトチームによる、制服を考える話し合いが行われ、「制服についてみんなにもっと興味を持ってもらおう」ということになりました。具体的な方法はまた次回話し合うことになっています。

 みんなが大切にされる学校とは、たとえその声が少数でも、苦しんでいる人がいれば、それをみんなで考えていける学校だと思います。鳶ケ池中学校は、これからも制服問題を通してみんなが大切にされる学校をめざしていきたいと思います。  

(山下和代、坂本真依記者)

 【写真説明】制服問題を話し合ったパネルディスカッション(南国市東崎の鳶ケ池中)

私たちの主張

誰もが大切にされる服装 鳶ケ池中

 「制服」と聞いてあなたは何を思いますか? 思い出の詰まった学生時代に愛用していた制服、今も大切に保管している人もいるでしょう。また、小学生にとってはあこがれかもしれません。そして誰もが一度はそでを通すものです。鳶ケ池中学校では、現在の制服を変える方向(私服にすることも視野に入れて)で、学校全体でアンケートやオープンスペース(自分の意見を自分の言葉にして、みんなに伝える場)をたくさん行っています。

 鳶ケ池の制服は、詰め襟学生服にセーラー服です。制服を着用することにストレスを感じている不登校の仲間の思いや、ジェンダーの視点から見ても「男子はズボン、女子はスカートというのはおかしい」「男女関係なく着られるブレザーがいい」という意見があります。

 機能性についても「冬は首元・足元が寒い」「学生服は襟元がきつい」というような不満の声が出ています。小学生を対象に行ったアンケートでは「どうしてスカートをはかんといかんが?」と女の子からの質問もありました。

 しかし、小学校のように制服を自由化すると問題点もあり、「なんでもありになりそう」「3年生は入試のとき不利になるのでは?」「服装で差別を受ける人が出てくるかもしれない」など心配される点があります。話し合いを進めていくといろいろな意見が出てきます。

 不満いっぱいより、思い出いっぱいの制服であるために一番大切なことは、いろいろな立場の「誰もが大切にされる服装」をみんなで考えていくことです。まだまだ、これからも一人一人の声に耳を傾け、意見を大切にしながら話し合いを進めていきたいと思います。  

(森田光紗、北村名津美記者)


 「第11回移動高知新聞 ふれあい高新IN南国 目次」 に戻る。

 高知新聞フロントページへ


 

サイトマッププライバシーポリシーネット上の著作権新聞購読お問い合わせ