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「転がし」「闇起債」で始まった高知競馬場の移転事業は、建設単価の上昇と金利負担で事業費が年々膨らんだ。
建設造成費は170億円以上。県は負債処理に頭を悩ませた。用地と造成費は競馬収益と旧競馬場跡地の売却代金を充てたが、建設費の「80億円」が、どうにも始末できなかった。
昭和57年から農林水産部長を務めた“クボケイ”こと、窪田敬一さん(76)は、この80億円の後始末を任された。
財政担当の職員ら2人を選んで返済計画を作らせた。その一人が、疲れ切った顔でやってきた。
「部長、どういじっても返済計画はできません」「なんとか、やってくれ」「たとえ無理でも、返済できることにするわけですか」「そうだ」
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財政課の職員が奇策を編み出した。本来は建設が終われば役割を終えるはずだった県競馬施設公社を、そのまま残す。そして80億円の巨額負債をそっくり引き取らせる。その上で、騎手やきゅう務員らの働きに支えられている県競馬組合の財布から県市が「競馬場使用料」を徴収、それを補助金として公社に横流しする。公社は補助金を金融機関に払う―。
つまり県市は1円も出さずに、“トンネル組織”を使って借金を現場にかぶせた。金利7・8%で、向こう25年間の返済。80億円の元金に100億円の金利がつく、計180億円の返済計画だった―。
窪田さんはある県議に答えた、こんなやりとりを覚えている。
「25年とはむちゃだ。払い終わったころには、馬小屋は小便で腐っておるのではないか」
「いえ、私は農家のせがれで馬をよく知っています。馬の小便は、小屋の板を強くします」
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議会の承認を得るため、無理やり計画を練り、こね上げた。
「あっさりいうて、数字合わせ、つじつま合わせ。もう施設はできておるし、巨額も投じた。大勢の雇用も抱えている。とても後に引けない状況でした」
場外馬券場の設置による売り上げの増加や、馬券を販売する従事員の賃金カットなどによる経費削減を見込んだ。その上で債務負担行為の議決(施設公社が返済できなかった場合は県市が負担するとの約定)を取り付けるため県市議会に根回しをし、説得した。
「無謀な計画だと。そもそもばくちの上がりを自治体に配分できないのなら、なんのための競馬ならと。しょせん、ばくちじゃないかと。ごうごうたる非難、競馬廃止論が続きました」
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窪田さんは昭和21年に県庁入り。振り出しは、当時海岸沿いにあった旧長浜競馬場の会計係だった。
「妻の父も元馬主。私も馬は好きでした。退職前の3年間に、また競馬の仕事が回ってきたんですが」
競馬場を残したい一心で計画をこね上げたが、「廃止せよ」「しょせん、ばくち」の批判…。
「今思えば、面白くない仕事でした。先送りの数字合わせをした、むなしさもあった。結果的に議決はもらったが、しんどかった思い出ばかりで…」
退職直後の昭和60年4月。新競馬場の完成セレモニーに招待されて自宅でネクタイを結んでいる時、ふと嫌気が差したという。
「行くの、やめた」。ネクタイを放り投げた。
【写真】昼寝の時間(高知競馬場)
(平成16年6月26日付夕刊掲載)
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