|
「ほんと、騎手になってよかった。いろんな馬に乗れたし。おれ、何千頭乗っただろうね」
トクさん=徳留康豊騎手(43)=が忘れられない馬の筆頭は、名古屋競馬時代のニシノナナーク。美しい芦毛(あしげ)の馬だった。
「あのころは2歳馬の乗り付け(訓練)もやっててね。普通の馬はロデオみたいに暴れるんだけど、あいつは物覚えよくて。言葉が分かる感じでね」
馬場に放したニシノナナークを呼ぶと、遠い所からでも一直線に走ってきた。「帰るぞ」と言って歩き出すと、引き綱がないのに後を付いてきた。
「わざと止まってたばこ吸ったりすると、おれの背中を頭でぎゅうぎゅう押すがっちゃ。知らんぷりしてると、また背中押して。早く馬小屋帰ろう、帰ってご飯食べようって」
攻め馬で落馬したときは、トクさんの所に戻ってきた。
「すまなそうに、心配そうにおれをのぞき込んでんのよ。あんな馬は一頭だけだったわ。ずーっとコンビでね」
厩舎(きゅうしゃ)の人間関係が嫌だったこともあって、高知競馬に流れてきたのが26歳。
「いろいろ世話になって、乗せてもらったあ。アラブ馬のチュウオウロッサ、強かったぜい。ほかにも、いろんな馬。挙げたらきりないね。エイシンドーサンにも勝負さしてもらった。ほんと、よかった…」
□────□
3月22日。高知競馬の騎手全員が、金沢競馬に移籍するトクさんの送別会を開いた。エース格の西川敏広騎手(33)が、トクさんに真顔で訴えた。
「トクさんが高知に現れて馬に乗りだしたとき、僕らびっくりしたき。片っ端から勝てん馬(を1着に)持ってきたき。化けもんやったき。金沢へも、化けもんのトクで行ってよ」
「寂しい」と大粒の涙を流す騎手、花束を贈る騎手。
朝3時からの攻め馬と2日間のレースを終えたばかりの騎手たちは、疲れてへろへろ、ぐてんぐてん。5次会は焼き肉屋。トイレに立ったトクさんが、帰って来なくなった。
「トクさん、泣いとるんちゃうか。5次会までやってもらえる人、トクさんくらいやきねえ。どうもこれ、泣いとるで」
目を赤くしたトクさんが戻ってきた。
「いかん、便所で寝よった」
酔って訳が分からなくなったトクさんは、騎手たちに接吻(せっぷん)を押し付けて、周囲の雰囲気を気持ち悪くさせてから、「よっ」と手を振って消えた。
□────□
金沢に行けば、元名古屋競馬の騎手、坂本敏美さん(51)が療養する福井県と近くなる。
「あの人は神の領域つかんだ人やき。神の領域つかんだら終わるがっちゃ。絶対そうっちゃ。追いつけんけど、追いかける」
馬を下りる気には、まだならない。
「レースは魂よ。なんちゃってー」
ひょうひょうと、寒い金沢に流れていく。
社会部 石井 研
写真部 佐藤邦昭
=第四部おわり
【写真】今度は金沢へ行くトクさん。写真はレース直前の佐賀競馬場(2月)
(平成15年4月3日付夕刊掲載)
|