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たまたまそうなのか、小柄で顔が小さいからそう見えるのか、高知競馬の若い騎手たちは総じて顔立ちがきれいで、アイドルばりの風ぼうの騎手もいる。
ところが話してみると、見かけによらぬ苦労人が多い。戦前にタイムスリップしたような厳しい暮らしを背負っていたりする。
川添明弘騎手(26)も、そんな一人。
小さいころから家を転々。中村市で生まれ、高岡郡佐川町で育ち、高校は須崎工業機械科だった。家庭は複雑で兄弟姉妹はなんと14人。中学、高校時代は養護施設で育った。
「親にはずっと苦労かけっぱなしで。機械の仕事が性に合わんかったし、何より親孝行したかった。稼いで、おいしいもの食べさしちゃりたかったです」
騎手としては遅い「高卒」で栃木県の騎手学校へ。減量がつらかった。
「水が飲みたくて飲みたくて。ジュースの自販機とか見ると余計に苦しい。自販機を殴り付けたいくらい、苦しいです」
こんなに苦しいのなら、合格しない方がいい。そう思うこともしょっちゅう。それでも成績はよかった。筆記試験のときは、試験に付いてきてくれた調教師がトイレでジュースを飲ませてくれた。
「体の水分がなくなると、筋肉が引きつって鉛筆が持てんがです。それで、こっそり飲ませてくれた。で、結局受かってみると、これがまたうれしくて」
デビュー1年目は当時の高知競馬を代表するアラブ馬「デルタフォース」で重賞をもぎ取った。センスのよさを見せつけた。
「それで稼いだ金で、親とご飯食べに行きました。うちの親、ええもの食べたことなかったですき。すごく喜んでくれた」
落とし穴が待っていたのが、この先。
「それが僕、お金持ったの初めてでしょ。夜の街の誘惑に負けたがです。こんな楽しい世界があるって、知らんかったから」
勝ち星が減りだした。本命や対抗で負けるレースが続き、評判が落ちた。焦って勝てない、乗せてもらえない――の悪循環。一気に転げ落ちていった。
「この世界、一回信用なくしたら厳しいっす」
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トクさん=徳留康豊さん(43)=の背中を追うようになったのは1年ほど前。どこに行くにも付いていき、兄のように慕う。
「あの人は馬が走って勝つがじゃのうて、動かして勝ちゆう。それに、ガッツがすごい。それと、あの人はあったかい」
よく怒られる。ほかの若手に乗り方の指導をしてしかっていても、川添さんの頭を張る。
「アキ、おまえだ、おまえのこと言ってんだって。いくら怒られても、トクさんの言う通りやし」
この数年、レースで乗れるのは1日平均1、2頭。年収は200万円に遠く及ばない。それでも、もがいてもがいて、最近は乗り馬が増えてきた。1日4、5頭乗れる日もある。
「このまま終わるわけ、いきませんき。ほんと、やりますき」
高知競馬が存亡で揺れようと、川添さんには騎手の仕事しか見えない。
「僕はこれしかできんですき。やりますき」
目標は「トクさん」。春風のように優しい男は、「トクさんのように追える剛腕」を目指している。
【写真】「一つでも前に行きたい」と話す川添さん。トクさんの川添評は「あいつは本当は馬を追える。チャンスつかんだら、化ける」
(平成15年4月2日付夕刊掲載)
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