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「おれも年も年やし。死にに行くようなもんやけどよ。行くわ」
3月初旬。トクさん=徳留康豊さん(43)=はしばらく悩んで悩んで、高知競馬を去ることを決めた。石川県の金沢競馬に移籍するのだ。
「そらあ、残れるもんなら残りたいよ。でも、どっちみち、これ以上賞金が下がったら暮らせんし。子どももまだ小さいし」
金沢に行けば、また一からのやり直しになる。調教師や馬主に認められ、馬に乗せてもらうことから始めなくてはならない。
「それでも行く。どうせなら、チャンスある方に行きたい」
金沢には中央競馬の“一日免許”に道を開く「認定レース」がある。
「可能性が1%でもあったら、そっちに賭けたい。この年やし、甘くないのは分かっちゅうけど。最後の勝負したい」
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3月21日。トクさんが高知で乗る最後の日は、中央競馬との交流レース、「黒船賞」の日だった。
レース直前のパドック。エイシンドーサンで出走するトクさんに、調教師の竹内昭利さん(47)が「足台」代わりに肩を貸した。
「トク、今までありがとう。最後やき、思いっ切り乗ってくれ」
レース開始。胸や尻の筋肉が少しやせたように見えるドーサンは、この日も後方から追ってきて、トクさんは何かに取りつかれたようにむちを入れた。結局、12頭中7着だった。
高知競馬「最後」となった第11レースは、最近コンビを組んでいるハイファースト。
東京・大井競馬から流れてきたお気に入りの「くせ馬」も、この日は追い込みの脚が振るわず、見せ場もなく沈んでいった。
取材班のカメラマンが言った。「トクさんらしいなあ。最後は勝つと思わせて『なーんちゃって』で終わるとこ、好き」
「最後」を走り終えたトクさんは、閑散となったスタンド前に、ゆっくり馬を戻してきた。
正面でぐるっと転回して、観客が残っているのかいないのかもよく分からないスタンドに向かって、手を上げた。
トクさんの移籍は主催者の意向もあって、場内放送でも看板類でも、一切知らされていなかった。
それでもうわさで知っていた40人ほどがスタンドに残っていて、拍手して、手を振った。
「トクー! ありがとねー」「3日ばあしたら、もんてきー!」
大きな声が飛んだ。
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レース終了後、馬主の千頭喜代子さんが「トクちゃんに最後の礼が言いたい」とスタンドの一室を借りて、ささやかなお別れ会をした。
来るはずだった競馬組合の管理者は忙しくて手が離せないらしく、結局、30分後に来た別の幹部と、泣いている千頭さんと、トクさんの家族だけの、ひっそりしたセレモニーになった。
「いや、よかった。高知来て、ほんとよかった。また乗りに来たい」
名古屋競馬から流れて17年。年間勝利数1位(リーディング)7回。
主催者と雇用関係がない騎手のトクさんに、退職金があるわけもない。
命懸けで働いてきた職場を去る、これが最後の一日だった。
【写真】高知で最後のレースを終えて。手を上げるトクさん(高知競馬場)
(平成15年4月1日付夕刊掲載)
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