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「高知競馬」という仕事
     =第4部= 神様を追いかけて
 【5】

 あいつ一人で…  ――本山さん「おれと、おんなじ顔してた」

 トクさん=徳留康豊さん(43)=が名古屋競馬から高知競馬に移って来たのは昭和61年夏。

 親友で厩務(きゅうむ)員の本山喜久さんが追って来たのが翌年春。名古屋と同じで、トクさんと同じ厩舎に入ってきた。

徳留さんが財布に入れている写真。名古屋競馬時代の本山さん(右)と徳留さん。テレホンカードに張り付けている  もう「陽気なモト」ではなかった。飲める男ではなかったのに、朝から酒を飲んでいることもあった。

 あるとき、本山さんは馬の後ろ脚で蹴(け)られてうずくまった。

 「おい見せろって言ったら、『大丈夫だから飲ましてくれや』って。服脱がせてみたら、肩の骨がばっきり折れてた。やけくそみたいに荒れてた」

 高知に来て4年目。本山さんは九州にいるはずの自分の妹を捜すのだと言って、いったん高知競馬を辞め、故郷の宮崎に帰った。幼いころに両親をなくして親類の家を転々としたため、妹の顔も、どこにいるのかも知らなかった。

 「それであいつ、親類をたどってさ、妹さんを見つけたのよ。百貨店か何かで働いてて、ひと目で分かったって。『おれと、おんなじ顔してた』って、うれしそうに言ってた」

 再び高知競馬に戻って来ると高岡郡梼原町を訪ねた。祖父が梼原出身ということらしかった。

 「墓とかは見つからなかったみたい。あまり話さなかったから」

   □────□

 本山さんにはこんな一面もあった。

 「4年前の今ごろだ。障害者の人が交じって出るトライアスロンがあったときさ、一人でボランティアに行ったのよ」

 肩の骨折で入院したときも、病院をせかせか動き回ってお年寄りに片手で食べさせたりしていた。

 もともと優しい男だった。トクさんの母親が亡くなったときも仕事を放り出して駆けつけた。

 「でも本当は、ずっと心臓が痛かったんよ。坂本(敏美騎手)さんのことがあったから」

 天才騎手を再起不能にさせた馬の担当者だったという自責の念が、ぬぐってもぬぐってもあったことを、トクさんは知っていた。

   □────□

 本山さんが高知競馬の馬小屋のそばで倒れたのは3年前の3月半ば。桜のつぼみがほころんでいた。「本山が酔って寝ているようだ」と言われて行くと、酔っているのではなかった。

 「違うじゃねえかあ!! 酔ってるんじゃねえじゃねえかあ!!」

 脳出血で危篤だった。妹さんに知らせようと九州に電話して捜し回ってみて、驚いた。

 「ご主人の転勤で高知市内にいたんだ。モトは知らなかった。長生きすりゃよかったじゃねえか」

 泣きはらす妹さんと、トクさんと、あと数人と、高知市の火葬場でひっそり弔った。享年38。わずか20万円のお葬式だった。

 財布の中から、角膜などの提供カードがたくさん出てきた。

 「死ぬ気で酒飲んでたんやなあって思った。あいつは一人で生まれてきて、一人でくたばった」

 財布に忍ばせた小さな写真を見せてくれた。

 〈あの馬いけるよ。トクさん! 勝ってよ〉

 駆け出しのころの2人。モトさんの声が弾みそうな写真だった。

 【写真】徳留さんが財布に入れている写真。名古屋競馬時代の本山さん(右)と徳留さん。テレホンカードに張り付けている

平成15年3月17日付夕刊掲載


【続き】

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