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日本一小さかった島根県の益田競馬場も、廃止前は多くの人と馬がかかわっていた。
騎手が9人、調教師が11人、厩務(きゅうむ)員49人、従事員144人、馬主約150人。獣医師や売店業者なども含めると、関係者は約400人。
馬主は競馬で生計を立てていたわけではないから、それを除いて約250人。家族を含めれば、ざっと600人以上が益田競馬で生活していたといえるだろうか。廃止と同時に、それだけの人たちの生活の糧が失われた。
益田市は、こうした関係者に「協力見舞金」を支払った。競馬を主催するのは行政だが、騎手や調教師、厩務員らの身分は公務員ではない。同市の解釈は「法的に市と関係者との間に雇用関係はありません」。つまり、公務員に準じる退職金や手当などはない。
そのため、協力見舞金という名目で業種ごとに一定の金額が支払われた。総額約2億2000万円。個別の支払額は、騎手会、調教師会、厩務員会、馬主会、売店、予想紙業者と、各団体別に合意した。
「金額は、大分県の中津競馬を物差しにした。交渉は意外と円満に進んだ」と市競馬事務局。個別の額を明かさないのは、この問題で中津競馬が大きくもめたからだった。
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見舞金を支払う一方、益田市は関係者の移籍や再就職のあっせんを始めた。
騎手はほぼ全員が移籍を希望し、調教師は1人を除いて廃業を決めた。約240頭いた馬の半数が高知競馬などに移り、残る50頭が乗馬クラブや繁殖牧場に引き取られた。60頭は食肉処分にされた。
厩務員らを含めた再就職希望者は約70人。
「一般職種の希望が約30人、競馬関係は20人、希望なしは15人。優先的に採用してもらえるようハローワークに要請していますが…」(競馬事務局)
このご時世に、競馬という特殊な業態からの転職。「優先的に」と言ったところで簡単に就職先が決まるはずもなかった。廃止から2カ月が過ぎた昨年10月時点で、一般職種に再就職が決まっていたのはたったの1人…。
「この年じゃ、厩務員も無理だってよ。おまんら仕事があって、いいよなあ!」。50歳を過ぎたベテラン騎手の1人が、相談に応じる競馬事務局の職員に、こう言い捨てて去って行った。
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昨年暮れ、このベテラン騎手は地元の木材加工会社に再就職した。
ほかの騎手はなんとか各地の競馬場に移籍が決まっていた。大井(東京)、福山(広島)、上山(山形)…。その中には騎手では移籍できず、調馬師(専ら攻め馬に携わる)になった人もいた。
移籍を果たした騎手も、安定した将来が手に入ったわけではない。騎手の1人を受け入れた山形県の上山競馬場は、今年になって「15年度に3億円の赤字が出れば廃止する」と表明している。
【写真】砂のコースに残る馬の足跡。関係者は再就職先を探すが…(島根県の益田競馬場)
(平成15年2月3日付夕刊掲載)
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