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「高知競馬」という仕事
     =第3部= 夢の跡流浪記
 【7】

 川で一人泣いた  ――シーさん「わしは残せると言うたんじゃ」

 しんと静かな益田競馬場の入り口に、こんな張り紙が残っていた。

 〈益田競馬を愛し続けたファンの皆さま。涙々のお別れとなり、心より残念に思っている次第です。長い年月、お付き合い誠にありがとうございました。皆さま方も行く末永く、体に気をつけて頑張ってください〉

益田競馬の廃止後も同競馬場で馬券販売を続ける大井競馬(東京)などの予想紙を売るシーさん。競馬廃止後、大声で泣いた(島根県の益田競馬場)  文字の横に、泣いているおじいさんの似顔絵。「シーさん」こと、篠原恒定さん(71)だ。

 シーさんは益田競馬の予想紙「シーホース」を44年間も発行してきた。昨年8月の競馬廃止で、当然ながら同紙も廃刊。

 「まあしかし、何とかならんかったんかな。わしは益田は残せると思うたんじゃが…」

 シーさんは“益田競馬の主”と呼ばれていた。なにせ、同競馬の開設当初からずっとレースを見続けてきた人だ。かつての名馬や思い出が次々と口をつく。

 「昭和29年にライラックというのがおってな。あんまり強いので九州の八幡までレースに出て行ったなあ。33年のニューハルピン、『なんと速い馬や』と思うたね。17歳まで走った馬もおった。レースには勝てんがファンは大勢おった」

 当時の益田競馬には、まだ草競馬の名残があった。レースに出るのは農耕馬ばかり。「外厩(がいきゅう)」といって、遠くから馬を連れて来てレースを行っていた。

 「馬に田んぼを耕させてから、10キロばかりの道のりを連れて来てな。別に発走ゲートがあるわけでもない。ロープを横に引いて『まだまだ』ってね。レースが終わるとまた馬に乗って帰ったもんだ。そのころの一着賞金は1500円だったなあ」

 シーさんの予想紙作りもほとんど手作業だった。

 「前の成績見ながら『こうじゃ、ああじゃ』と言いながらな。さほどもうけもせんかったが、それでも食べてはこれた」

   □────□

 廃止前、シーさんは益田競馬存廃検討委員会のメンバーだった。

 「わしゃ、一般社会のことは知っとらんけん。けど、益田は残せると言うたんじゃ。『やりようがあると思うんじゃ』と。だが、益田市は55年の歴史をつぶしてしもうた。市長が悪いんじゃないけどな」

 廃止が決まり、やがて益田市が競馬関係者に協力見舞金を支給する話が回ってきた。

 「たかだか一人50万か100万程度の金よ。それを明日でも振り込むと。わしゃ、長年愛し続けた競馬がその程度かと情けなかったぜえ。廃止が決まっても、反対デモも座り込みもほとんどないんじゃけ、おかしいじゃないか?」

 次第に、シーさんの目は赤くなった。

 「最後の開催が終わって、川へアユ捕りに行ったときよ。誰もおらん川で、わしが心底、泣いたのをみんな知らんろう。大の男が大きな声で泣いたのを知らんろう。わしは残せると思うたんじゃ。みんなが益田競馬をいかんようにしてしもうた。つぶしてしもうた」

 シーさんは、心から益田競馬を愛していた。なんとか存続を、と最後まで願い続けていた。

 【写真】益田競馬の廃止後も同競馬場で馬券販売を続ける大井競馬(東京)などの予想紙を売るシーさん。競馬廃止後、大声で泣いた(島根県の益田競馬場)

平成15年1月31日付夕刊掲載


【続き】

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