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「16年間の思いをぶつけて頑張ったけど、そんな甘いもんじゃなかった。でも、達成したかったね」
益田競馬最後の日、一人の騎手が大記録に挑んでいた。
同競馬のエース騎手、沖野耕二さん(34)。
山口県長門市出身。昭和61年にデビューし、あっという間に益田競馬のトップ騎手となった。毎年100勝以上して、昨年4月までの通算成績は1937勝。「大騎手」の2000勝は目前だった。
廃止を知ったのは昨年2月、高知競馬で行われた交流レースに出場し、益田市に帰る途中だった。
「同僚から『廃止が決まったぞ』って。中津、新潟と廃止が続いて『うちも終わるのかな』とは思ってた。ぎりぎりまで賞金を下げられて、ないものをまだ下げてんだから…」
騎手仲間と署名運動をしたが、廃止が覆ることはなかった。どうにもならないまま月日が過ぎ、とうとう8月16日の同競馬最終日を迎えた。
廃止の決定以来、沖野さんの成績は猛烈な追い上げを見せていた。1着を量産し、最終日を迎えた時点で1997勝。大台達成を「最後の日」に懸けた。
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最後の日。騎手たちはかつてないほどの気迫で馬を疾駆させた。
第1レース2着、第2レース2着、第3レース3着…。沖野さんの馬はわずかに届かない。やっと1勝したが、記録達成には落とせないメーンレースも2着。結局、大台は消えた。
最後の「益田競馬ラストラン特別」は悔いなく乗るだけだった。
「それが僕の馬、4コーナーで手応えがなくなってね。『ああ、これで最後やなー』と思いながら追ったなあ」
結果は4着。沖野さんは1998勝で馬を下りた。
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競馬の廃止後も、沖野さんは攻め馬を続けた。
「普段の仕事をするだけです。騎手になれなかった若い厩務(きゅうむ)員のために仲間と模擬レースもしました。乗り役の気分を味わってみたいだろうから。ちゃんとファンファーレも鳴らして、場内実況した。実況、めちゃくちゃだったけど」
厩舎の馬は次々とトラックで運び出された。活躍できそうな馬から順に、園田競馬や高知競馬など他場に引き取られていった。
沖野さんも移籍先を探した。
「競馬学校を出てずっとこの世界でしょう。今からほかの仕事なんて就けないです。移籍したい。でも、どこも厳しいから…」
沖野さんの場合、年齢が微妙だった。
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昨年11月から沖野さんは神奈川県の川崎競馬で騎乗している。
実力が買われての移籍だったが、簡単には人気馬に乗せてもらえない。
27戦してやっと2勝目を挙げ、2000勝を達成したのは昨年暮れ。
この1月7日には人気薄の馬を3着させ、「三連複547万円」という記録的配当の片棒を担いで健在ぶりを見せた。
【写真】廃止後も攻め馬を続けた沖野さん(島根県の益田競馬場)
(平成15年1月27日付夕刊掲載)
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