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「僕ら『乗るだっけ』だから。走るしかないから。前向くしかないですもん」
高知競馬のスター騎手、北野真弘さん(33)が来年1月、高知を去る。悩み抜いて決断した。地方競馬の一つ、兵庫県・園田競馬に移籍するのだ。
移籍を考え始めたのは7月ごろ。腸炎で入院し、がりがりにやせ細った病院のベッドで、これからの生活のことを考えた。
「これだけ賞金が下がって上がる見込みもないだろう、と。この賞金じゃトップ級でも来年は年収4、500万円。家のローンもある、子どもも3人いる…」
園田で騎手になれるのは順調にいっても来年冬。それまでの1年間は厩務(きゅうむ)員をしなければならない。
「不安ですよう。1年レースできないわけだから。でも、このまま待ってても意味がないし」
高知競馬の騎手だった兄を追いかけ、馬社会に入ったのは15歳。1年目は厩務員。初めて世話をしたのはファーストグリーンという馬だった。
「かわいかったあ。賢かったしね。僕が16歳で栃木の騎手学校へ行く日、あいつ、目の前で勝ってくれたんよ。ああ送ってくれゆうなあって」
18歳でデビュー。初勝利をくれたのはダイワジャガーだった。
「初勝利夢見て、夢見て。攻め馬も僕がして。そんなん忘れんよう」
4年前の高知競馬「黒船賞」では大波乱を演じた。北野さんのリバーセキトバは武豊騎手らが騎乗する中央競馬のエリート馬を追い込んで、憑(つ)かれたように追い込んで、差し切った。ポンコツが新車を差した。
「レースが終わってね、検量室でね、僕ら地元の騎手ばっかで抱き合った。やったぜ、やったぜーって。涙出そうでした」
ひたすら走ってきた。それだけだった。
「乗ってきただけ。馬がいたから、楽しかったから。学校入ったとき、中央競馬と地方競馬があることも知らなかった。僕ら、乗ることだっけ」
ふと気付いたら「赤字赤字」「負債負債」とたたかれていた。賞金はどんどん下がる。目をつり上げ、金のこと、生活のことを考えるようになった。
「そらあ、みんな、怒るって」
前々から「中央で乗りたい」夢があった。地方の一流騎手が中央競馬に打って出る時代に変わっている。腕のいい地方騎手は、中央騎手を脅かす存在になってきた。園田に行けば、チャンスがある。
「確かに夢もあります。でも正直、残れるんなら残りたかった。結局、生活を考えました」
大みそかの県知事賞、元日の高知市長賞で走った後、1月4日のレースが高知での見納めになる。
「乗ることだっけ」の男たちは、稼げる場所で走るしかない。
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仕事師たちが、あたかも「稼がないあなたたちが悪い」と言われるごとく、追い詰められている。
無体な借金を背負わせたのも、赤字を膨らませてきたのも、経営主体である行政なのに…。
【写真】攻め馬に向かう北野さん。園田競馬への移籍を決めた(高知競馬場)
(平成14年12月18日付夕刊掲載)
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