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「馬主さんに電話するのが怖いんよ」
雨音が聞こえる小さな部屋で、調教師は壁にもたれながらため息をついた。
「怖い」というのは、馬主に言われるかもしれない、この言葉だ。
「もう、馬出して」――。つまり「馬を処分して」ということ。馬主と連絡を取るのは調教師の仕事だが、いつ「出して」と言われるのか、電話のたびに胸が詰まるという。
乗馬用として引き取り手があれば跳び上がるほどうれしいが、なかなかそうはいかない。泣きながら処分に出さねばならない。大半は馬刺しやハムの運命。
高知競馬は「終着駅」といわれる。連載第1部で紹介したエイシンドーサンのような強い馬もいるにはいるが、ほとんどはそうではない。足の故障を癒やし、立て直し、時にごまかしながら走らせている。
裏を返せば、中央競馬や大きな地方競馬場では処分対象となる馬を、高知競馬が引き取って再生させている。高知競馬の仕事師は「再生屋」と呼ばれる。
払い下げの馬で交流レースに挑み、中央や地方の有力馬を負かしてきたこともある。「中古車がピカピカの新車に勝つ」だいご味が、かつてあった。
「けんどもう、もたん。2月には、馬の数が今の半分ばあになるろ」。いつも陽気な調教師の声が、ささくれだって消えた。
レース賞金や出走手当などの「賞典奨励費」は、馬社会の人たちの糧だ。入場者が激減する中、賞典奨励費は4月に前年度より約3億2000万円下がり、さらにこの暮れ、1億1000万円引き下げられた。
調教師は手元のざら紙に鉛筆で書く。
「馬主さんが馬を1頭預けるのに、12万円要ります。厩務(きゅうむ)員の手当4万7000円と飼い葉代、寝わら代、獣医さんにかかる金…。どんなに節約しても12万円かかる」
1カ月12万円。馬主は、これをどうやって黒字にするか。仮に月1回レースに出せば、4万7000円の出走手当が出る。残り「7万3000円」は馬がレースで5着以上に入るともらえる「賞金」で稼がねばならない。
ところが賞金額はどんどん下がり、もはや限界点を超えたとされる。
1年間のレース賞金総額は昨年度より約2割減の約4億円。このうち騎手、厩務員、調教師の取り分計2割を引いた約3億2000万円が馬主に入る賞金。これを高知競馬にいる550頭の馬で割ると、1頭当たり平均58万円。12カ月で割れば「4・8万円」。
「馬は機械じゃないから、毎開催走れるわけじゃない。どう転んでも赤字なんよ。どう転んでも。いい馬は入らん、いいレースはできん、質がどんどん落ちるわね。八百屋が新鮮な野菜を仕入れないのと同じこと」
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泥の立つ馬場を、調教師が見つめる。
「結局、負担は騎手や馬にいく。少しでも赤字を減らそうと無理して走らせようとする。競馬で一番怖いのは、レース中に壊れることなんよ。ひとつ間違えば騎手はね…。高知の騎手が、日本で一番怖い」
雨がやまない。
【写真】激しい追い込み。「パンク寸前」で勝負を続ける馬も多い(高知競馬場)
(平成14年12月17日付夕刊掲載)
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