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未来へ向け背水の陣
安芸郡馬路村の馬路林材加工協同組合によると、平成十一年三月の時点の杉原木の仕入れ単価(一立方メートル)は一万三千九百円、製材後の売り上げ単価は五万二千二百円だった。
それが、十二年九月には仕入れ単価が一万五千円になったのに対し、売り上げ単価は三万六千八百円に下落。単純計算すると一立方メートル当たりの利益は、三万八千三百円から二万一千八百円に大幅に減ったことになる。
「山の価値が下がった。国産材が売れない」。全国の中山間地域が頭を抱えている。その中で馬路村は、あえて第三セクター「エコアス馬路村」を立ち上げ、森の里復興に向けて走りだした。
村森林組合の乾治組合長(63)は「今まで山には、営業マンがおらんかった。一番大事ながは、どうやって売っていくかや。それができたら、可能性がぐんと出てくる」と、エコアスの取り組みに期待する。
その上で「魚梁瀬営林署が(十六年三月に)のうなったら、治山事業は国がやるろうけんど、実際の山の仕事は流域単位で請け負わすはずや。エコアスとうちが協力したら、その受け皿にもなれる」。
一方、上治堂司村長は「国有林が七割を占める馬路村の自己主張でもあるがです」という。
「営林署廃止の発表があってから五年間、何もせんのやない。うちはやれることは全部やる。それでも国が森の仕事を村外に外注するとしたら、そんなおかしな話はない」
走り続ける村
同村にはかつて、西野真司氏という村長がいた。村の屋台骨を支えていた木材会社の倒産で地域感情が分裂する中、懸命のかじ取りをした。そして平成三年、五十四歳という若さで急逝した。しかし故西野村長がまいた種は、目に見えぬ形でしっかりと根を張っていた。
村民はその死を悼み、「心臓破りフルマラソン」や森林鉄道の復活など一連の村おこしの流れをつくり、温泉を核にした滞在・交流型の観光に道を開いた。そして、村農協の一課長のアイデアと頑張りからユズ加工品が生まれ、「元気な村・馬路」の姿に結実した。
過疎に立ち向かい走り続ける村には、指導力を持ったリーダーと行動力にあふれた人材が欠かせない。
そして今、村は再び岐路に立っている。営林署統廃合と市町村合併の流れを背景に、過疎化の波が再びうねりとなって村をのみ込もうとしている。
上治村長は言う。
「エコアスのエコは『エコロジー』、アスはずばり『明日』。村の未来がかかっちゅう。背水の陣です。けんど、今は失敗をおそれたらいかん。成功するためにどうするかを考えなあいかん」
そのためには、村長自らが先頭を切って走る。「職員には迷惑を掛けるけんど、役場にじっとおりよったらいかん。東京でも、大阪でも、行ったらえいところには何遍やち行く」
農はユズ。林はエコアス。観光は温泉。山村留学が成果を挙げる魚梁瀬では、ダム湖の底土を土壌剤として活用する計画も進めている。「うちは、村にあるもん全部を生かして食べていこうとかかっちゅうがです」
危機感をばねに地域の財産を徹底的に見直し、磨き上げ、田舎だから、山だからこそできることを考え、独自の戦略を立て実行する。
課題もある。可能性も未知数だ。だが、県土の九割を占める中山間地域の住民がすこやかに、そして心豊かに生きていく道がきっとあるはずだ。「ユズの村」がそのヒントを投げ掛けている。
(政治部・岡林直裕)
(写真部・吉良憲彦)
=第2部おわり=
【写真】伐採作業をするエコアスの職員。安芸郡馬路村は森の里復興に村の未来を託す(同村魚梁瀬)
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