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地域に働ける場所を
山村留学制度を導入している安芸郡馬路村の魚梁瀬地区には学習塾がない。
一方、小中学校の教職員は地区内の教員住宅に住み、子どもたちと同じ環境で生活している。
保護者は子どもたちの進路を保障する本来の役割を学校に期待し、「十分な基礎学力を身に付けさせてほしい」と望む。下校時間が遅くなることがあっても、父母から苦情がくることはまずない。
学習塾や習い事が「もう一つの学校」の役割を担う都会の状況とは、全く異なる環境だ。
魚梁瀬小の佐藤泰生校長(53)は「ここにいると、子どもの何気ないつぶやきに耳を傾ける余裕ができる。教師がやりたいと思っても町の学校では制約があってできんことが、ここではできる」という。
「古いかもしれませんが、教師が地元で生活することで、子どもとの信頼関係が自然に生まれる。地域にも学校が何をやりゆうか、よう見えゆうと思います」
魚梁瀬では「良くも悪くも無菌状態の中で子どもたちが育つ」と言われる。それだけに住民の中には、都会から児童生徒が転入してくる山村留学制度が「新しい風」になることを期待する向きもある。
住めるうちは…
和深忠さん(35)一家は三年ほど前に、山村留学制度を利用して兵庫県西宮市から魚梁瀬に移り住んだ。
塗装業をしている和深さんには四人の子どもがいる。末っ子の鯨(いさな)ちゃん(1つ)は魚梁瀬に来てから生まれた。
妻の恵子さん(32)は切迫早産になり、半月ほど安芸市の病院に入院した。「不安でした。子どもたちはまだ小さかったし、最初は実家に帰って出産しようかとも考えました」
「洗濯物があったら持って来いや。ごはんはうちで食べたらえい」。魚梁瀬に残って三人の子どもの世話をする和深さんに、隣近所の主婦らが気さくに声を掛けた。恵子さんが退院すると、「お父ちゃん、頑張りよったで」と共に出産を祝ってくれた。
その後、和深さんは地元の消防団に入り、現在は保育所の保護者会長を務めるなど、地域になくてはならない存在になっている。
だが、留学家族がこれからも地域に住み続けるには大きな障壁がある。
「いろんな人が塗装の仕事を紹介してくれますが、仕事の量が限られていて家族六人が食べていくのは並大抵やない。一年のうち何度かは県外で仕事をし、魚梁瀬に戻る生活を繰り返しています。とにかく住めるうちは、何とかここでと思っています」と和深さん。
魚梁瀬杉の魅力にひかれる和深さんは、地元の木工クラブの副会長を引き受け、仕事の合間に作品づくりに精を出している。「本当は木工の仕事をやりたいと思って来たんですが、そういう仕事はなかなかなくて…」と最後に本音を漏らした。
山村留学の家族が「ここに住みたい」と思っても、働く場所がなければ定住することはできない。雇用の場をどうするのか。最後はそこに行き着く。
◇ ◇
村農協のユズ加工品の頑張りで、同村は過疎化に一定の歯止めをかけ、持ちこたえている。だが、全面積の九七%を森林が占める村の事情を考えれば、それにも限界がある。しかも、魚梁瀬営林署の十六年三月までの廃止が決まっている以上、手をこまねいていては、永続的に雇用の場を確保することは不可能に近い。
「森で生活ができる環境とシステムをつくれないか」。同村は今年から独自の森林復興計画に乗り出すことになる。
【写真】「木工の仕事をやりたい」と話す和深さん。魚梁瀬に来て生まれた鯨ちゃん(中央)もすくすくと育っている(安芸郡馬路村魚梁瀬)
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