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生活基盤を奪う過疎
「人口減社会とは、高知県などで既に進行している過疎地域の状況が、全国規模で広範囲に現れることを意味する。人口減によって地域の生活水準が維持できなくなり、基本的な権利さえ奪われかねない」
中央大経済学部の大渕寛教授(経済人口学)が指摘するように、本県では人口減、つまり過疎化に伴って、早くからさまざま問題が出ている。二十一世紀に入ると、それがさらに深刻化を増すわけだ。
<右図>は本県の公立小中学校の児童・生徒数と学校数の推移だ。一九五五(昭和三十)年には小学生十二万一千二百六人、中学生五万三千五百八十六人がいたが、高度成長期の県外流出などによって急速に減少。さらに少子化も加わり、ことし五月一日現在でそれぞれ四万四千二百七十九人、二万一千九百六十八にまで減っている。
これに伴い、公立小中学校の数も減少が続いている。五〇年以降、昨年度までに休・廃校や統合によって小学校百五十一校、中学校九十二校が消えた。そのほとんどが過疎地域だ。
児童・生徒数の減少は今後、さらに深刻化する。県教委教職員課の推計によると、二〇一〇年には小学生が三万八千七百八十九人、中学生は一万七千五百四十七人にまで減る見通しだ。同課の小倉倍男課長は
「小中学校の休・廃校や統合は、設置者である市町村が判断することになる。ただ、児童・生徒数の見通しからいって、今後も統廃合が避けられないだろう」と話す。
□1200店も減少
もちろん教育だけではない。出生数の減少がまず直撃したのは産婦人科医だ。県長寿社会政策課のまとめによると、一九七五年には産婦人科を掲げる病院が二十六施設あった。ところが、少子化に伴って徐々に減り、ことし五月現在では十六施設となっている。
地域的には、高知市を含む県内六つの基幹的な保健所の管内ごとに一応は一病院以上あるが、決して十分ではない。このため、産婦人科の空白地帯だった須崎市のように、市民の強い要望を受け、民間病院が採算性にはある程度目をつむって新設に踏み切った例もある。
日常生活と切っても切れない関係にある商店はどうだろう。一九六六(昭和四十一)年の県内の商店数は個人、法人合わせて一万五千七百八十九店。購買力の向上などによって八二(同五十七)年には一万八千七百六店に増えたが、その後、徐々に減少し、九七(平成九)年には一万五千九十七店にまで減った。
六六年と九七年を比べると、変化の様子がよく分かる。市部では一万二百六十二店から一万八百二十六店へと増えたのに対し、郡部は五千五百二十七店から四千二百七十一店と一千二百店以上も減少している。
県経営流通課の植田紹春課長は
「中山間地域などの小さな商店は、人口が減れば成り立たなくなるし、後継者がいないという問題もある。さらに大型量販店の増加や道路整備、マイカーの普及の影響も大きい」
と分析する。
例えば土佐郡大川村では六六年には四十六店あったが、九七年には六分の一近い八店となった。この間の人口をみると、三千二百十二人(六五年)が六百三十七人(九七年)と五分の一に減っており、人口減が大きな要因となったことが分かる。同課診断班の宮地通弘主幹は
「商店数の減少は全国的な傾向で、今後も続くだろう。中山間地域などで生活する人たちの手近な買い物の場を、どう確保していくのかが課題だ」
人口の減少が教育や医療、商店など日常生活に欠かせない機能を奪い、それが新たな人口減を招く。過疎地域でのこうした悪循環が、今後も続く恐れは十分にある。
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