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中央域への集中加速
二十一世紀に入ってすぐに人口減社会が始まる日本。ただし、全国で均一に人口が減っていくわけではない。
厚生省の付属機関、国立社会保障・人口問題研究所の一九九七(平成九)年の都道府県別将来推計人口によると、二〇〇五−一〇年に人口が減るのは、既に人口減が続いている本県などを含め二十九都道府県。残り十八県では増加率に差はあるものの、増え続ける。
ところが、二〇二〇−二五年になると一変。人口増は埼玉、滋賀、沖縄の三県だけで、人口減が四十四都道府県に拡大する。埼玉、滋賀はそれぞれ東京、大阪のベッドタウン、沖縄は出生率が高く、平均寿命も長いという背景がある。
また、ブロック別の人口をみると、東京、埼玉など四都県(南関東)が総人口に占める割合は、一九九五年の二五・九%から二〇二五年には二六・八%にアップする。二十世紀後半に進んだ一極集中が、人口減の中でも続くことになる。
実は同じような現象が、各県内でも起きる。同研究所人口構造研究部の江崎雄治さんが「二重の『中心−周辺』関係」と指摘するものだ。
「大都市圏など人口増加県と減少県という対比がみられるのと同様に、減少県の内部でも、県庁所在都市を中心とした人口増加地域と、中山間地域などの過疎地域に対比できる」
そして江崎さんは本県について(1)一九八五−九五年に人口が増加したのは高知市、南国市、香美郡香我美町、野市町、吾川郡伊野町の五市町だけ(2)この五市町の人口は県人口の過半数を占めている―ことを挙げ、「今後、県中心部への人口集中が、他県以上に進む可能性がある」との見方を示す。
□9市町村で半減
それを裏付けるような資料がある。財団法人・統計情報研究開発センターが一九九七年に行った全国三千二百三十三市町村の将来人口の推計だ。
県内市町村の人口は<右表>のように推計されている。ただし、市町村人口の推計は国や都道府県に比べ難しいとされる。この推計のベースは一九九〇−九五年の人口変動だが、この間に急激な人口増減の要因があったり、その後に住宅団地の開発などがあれば、推計値から大きく外れる場合もある。それでも、大まかな傾向はつかめるだろう。
推計によると、二〇二五年の人口が九五年に比べて増えるのは南国市、香我美町、野市町、伊野町の四市町のみだ。これまで人口増が続いてきた高知市も、二〇〇五年から減少期に入る。
逆に人口が減る四十九市町村のうち、室戸市や香美郡物部村、吾川郡吾北村など九市町村では九五年の半分以下になる。特に土佐郡本川村は三分の一以下に激減する。
この結果、県中央部の五市町の二〇二五年の人口は四十二万二千八百二十一人となり、県人口に占める割合は六二・一%にまで上昇する。九五年の五一・一%より一一ポイントもの上昇で、その分、他地域の過疎が進むわけだ。江崎さんの指摘がピタリと当てはまることになる。
「市部は成長、郡部は過疎−という従来のような単純な対比は既にできなくなっているが、地方の小都市の衰退ぶりが著しい。これは非常に問題がある」
江崎さんはこう述べた上で、「人口の偏在にどう対応していくのか。県内での意思疎通が重要になると思う」と指摘する。
かつて県人口が六十八万人台だった一九二五(大正十四)年当時、現在の高知市域の人口は十二万人余りだった。逆に旧安芸郡や高岡郡、幡多郡は現在の人口を上回っていた。同じ六十八万人とはいっても、状況は全く異なる。
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