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数十年は減り続ける
国であれ、都道府県であれ、市町村であれ、その在りようを決める最も基本的な条件の一つが人口であろう。日本では近代以降、人口増を前提に社会経済システムが組み立てられてきた。その大前提が、二十一世紀初頭には崩れようとしている。
「人口減という統計史上で初めての現象が間もなく始まる」と話すのは、中央大経済学部の大渕寛教授だ。経済人口学が専門で、人口問題審議会(厚相の諮問機関)の委員も務める。
厚生省の付属機関、国立社会保障・人口問題研究所が一九九七(平成九)年一月に公表した「日本の将来推計人口」。<右図>のように、前提となる出生率の仮定値の違いから高位、中位、低位の三種類の推計を出している。
このうち中位推計によると、日本の総人口は二〇〇七年の一億二千七百七十八万人をピークに減少を始める。二〇二五年に一億二千九十一万人、そして二〇五五年には一億人を割り込み、二十一世紀末には六千七百万人余りにまで減少する。
ところが、一九九九年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む平均の子どもの数)は一・三四人と、中位推計での仮定値の下限をも下回る過去最低を記録した。
「二〇〇〇年に結婚・出産するという、ミレニアム(千年紀)効果に期待していたのだが…」
同研究所総合企画部第四室の金子隆一室長が、今年に入ってからの合計特殊出生率の推移を見ながらつぶやいた。そして「出生率が一度下がると戻らないのが、近年の少子化の特徴だ。九九年の数値が今後の低い出生率の始まりになるかもしれない」
つまり、九七年の中位推計より人口減が加速する可能性があるわけだ。
一九〇〇(明治三十三)年に約四千四百万人だった日本の総人口は、近く速報値が公表される今年の第十七回国勢調査では一億二千八百万人余りになるとみられる。二十世紀は、年平均で八十四万人が増え続けた「人口増の世紀」だったといえる。
大渕教授は、人口の増減の境目となる置換水準(合計特殊出生率二・〇八)を既に二十五年も下回っていることを指摘した上で、
「人口構造などを背景に、現在は惰性によって増加が続いているわけだ。この惰性は減少期にも働くので、たとえ今、出生率が上がっても、減少は数十年は続くだろう」
とすれば、二十一世紀は「人口減の世紀」ということになる。
□100年前の水準に
では本県の人口は今後どうなっていくのか。
国立社会保障・人口問題研究所は九七年五月、都道府県別の二〇二五年までの人口を推計した。それによると、九五年国調で八十一万六千七百四人だった県人口は、二〇一〇年に七十七万一千人、二〇二〇年に七十一万六千人と減り続け、二〇二五年には六十八万一千人にまで減少すると予測されている。
一九二五(大正十四)年の第二回国調での県人口は六十八万七千人余り。つまり一九五五(昭和三十)年の八十八万二千人余りをピークに、ちょうど百年で元の水準に戻ることになる。
推計のベースになったのは総人口の中位推計だ。しかし、現状はそれを下回る形で推移している。推計に携わった同研究所人口構造研究部の清水昌人さんは
「全国での高知県の位置付けはそれほど変わっていないから、全国に合わせて推移していくだろう」
と、六十八万一千人を下回る可能性も示唆する。
◇ ◇
二十一世紀まであと五十日余り。一九九〇年に全国で初めて人口自然減に陥った本県は、やがて「六十八万人社会」を迎えようとしている。だが、たとえ人口が少なくなっても、それぞれの地域で人々が生きがいを持ち、元気に暮らしていく道があるはずだ。新しい世紀の「すこやかな県土づくり」に向けて、これから県民とともに考えていきたい。
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