夏のカリフォルニアは雲一つない晴天が続く。週末の午後、大きな家々の間の広い道を、のんびりと犬と散歩する中年の夫婦。湿度が低いので日差しほどには暑さを感じない。
ガーデナ市内にある元高知CIC職員、スタンレー・中上さん(76)の自宅に、妻のマグレットさん(72)を訪ねた。屋根も壁も青空のような薄いブルーの家だ。
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「まあ、遠いところをようこそ。あ、靴のまま上がってもいいのよ。そこに座っててくださいな」
大きなソファに腰掛けて待っていると、マグレットさんが桃のパイとコーヒーを持って来てくれた。間仕切りのない部屋、広いキッチン。いかにもアメリカの家庭といった雰囲気が漂う。
「終戦当時の話なんか言われたって、あんまり覚えてないですよ。五十年以上も前の話ですからね。でも、写真ならあります」
マグレットさんが奥の部屋から一冊の古びたアルバムを持って来てくれた。一面の焼け野原、崩壊寸前のビル、がれきの山…。高知城だけが現在と同じ姿でそびえていた。
「これ全部、スタンレーが撮った高知の写真ね。どこの写真かはアイ、ドント、ノウ、分からない…。このお城は今でもあるの? ある? ああ、そう」
当時、マグレットさんは高知軍政部の電話交換手をしていた。両親は高知県の出身で、旧姓は中平。進駐軍が高知市西弘小路(現丸ノ内一丁目)の旧電気局ビルを使い始めた昭和二十一年の初めごろ、高知に入った。
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数十枚の中に、若き日のスタンレーさんが一人の少年と肩を組む写真があった。高知市出身で、スタンレーさんの下で雑役をしていた渡辺桂三さん(70)=大阪府枚方市=だ。前夜、入院しリハビリ中のスタンレーさんが、声を振り絞って「ケイゾウに会いたい」と言ったことをマグレットさんに話す。
「夜の病院訪問? いや、気にしなくていいんですよ。ノープロブレム。あなただって遠い所から来て大変なんですから。でも…そうでしたか。スタンレーはケイゾウをかわいがってましたからね」
もう五十年も昔の話、と言いながら話を継ぐ。
「時々、ケイゾウがスタンレーの手紙を私に持ってきたりしてた…メイビー、たぶん…ね。それで、アメリカ帰ってから結婚しましたね。それ以上はケイゾウさんに聞いてくださいよ」
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帰国後、大阪で渡辺さんに会った。闘病生活を続けるスタンレーさんの様子を耳にし、渡辺さんは沈痛な表情を見せた。「一度スタンレーに会いに米国へ行こう」と思いながら、これまで果たせなかったという。
快活に戻ったのは結婚話に移った時。渡辺さんは「わしは恋の橋渡し役やった」と表情を崩した。マグレットさんにほれ込んだスタンレーさんが、渡辺少年に何度も「この手紙を渡してくれ」と頼んだ。その作戦が実ったそうだ。
スタンレーさんは渡辺少年を弟のようにかわいがり、ある時は高価な腕時計まで買ってくれた。スタンレーさんにすれば日ごろのお礼だったろうが、当時の日本は食べる物さえ事欠く状態。進駐軍の豊かさに、渡辺氏は「すごい物をもろうた、とたまげてしまったのを今も覚えている」と言う。
【写真】仲良く肩を組むスタンレー・中上さん=左=と渡辺桂三さん(昭和21年ごろ、スタンレー・中上さん提供) |