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「湧昇流」で漁をする
「マッコウクジラはね、水深二千メートルとか三千メートルの海でお化けイカと格闘してね、食っとるんよー」
捕鯨船の元砲手だった長岡友久さん(68)の所へ雑談に行った。室戸市佐喜浜の海辺。ぬくぬくの日だまり。
二十五歳から大型捕鯨船に乗った長岡さんは、南氷洋や北洋でクジラを追っかけ、十六年間の砲手生活で計四千頭を捕った。一日二十二頭の日本記録をつくったこともある。
エンジンの潤滑油に使う「脳油」などが取れて重宝されたマッコウクジラが、深海でダイオウイカを食べていると知ったのは、駆け出しのころ。
「マッコウを捕るとね、腹の中からダイオウイカが出てくる。このイカは腕の先に大きなカギがついておってね、マッコウの口の回りにぐっさり、えぐられたばかりの跡がある。『ははー、イカ食う時やられよったな』と…」
ダイオウイカの世界最長記録とされるのはカナダのニューファンドランド島に流れ着いた約十七メートル。長岡さんがマッコウクジラの腹でしょっちゅう見たイカも恐ろしいほど巨大。
その後、マッコウクジラが見つかる海上は、その下に七百メートル以上の水深があること。さらに、その近くにはたいていバンク(浅瀬)があると知る。
「つまりバンクに潮が当たって『わいちゅうとこ』。わしらはそれを探して世界を回ったんだ」
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このわいているところが、世界の魚類生産の半分を生み出すといわれる「湧昇(ゆうしょう)流」。
「漁師の理屈で言うとなー」と、長岡さんがボールペンを持った。
「ここ、三角形の先が室戸岬やね」とノートに大きな逆三角形。先端が室戸岬。「潮は東から西に流れるわね」と潮の流れを書いていく。
「東から流れてきた海流が『大正礁(たいしょうじ)』という浅瀬に当たってわきあがる。さらに岬の西側にも流れ込む。『わい潮』っていうけどね。深いとこの水は浅瀬に当たってどんどんわいてくる。もう最高やな。魚の漁場というのはそこにある」
「それでー」と長岡さん。「わいてくるその水は何かと。つまり深層水じゃね」。ふむふむ。
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この「わいてくる水」の漁が室戸にある。何のことはない、定置網だ。
室戸沖は水深千メートルを連ねる線が陸地に迫り、深層水が陸地にぶつかってわく漁場だ。佐喜浜、椎名、三津、高岡の先人たちは、深層水がわいて、プランクトンがわき、それを追ってブリやマグロが岸近くまで遊泳してくるこの絶好のポイントを逃さなかった。
椎名沖にシビ(マグロ類)の定置網が敷かれたのは、網鯨船が行き詰まったころの明治二十九年。やがて三津沖では、国内各地のブリ大敷きにつながる土佐式落網が開発される。
この三津沖で深層水の陸上取水を全国で初めて手がけた一人の海洋科学技術センター=神奈川県横須賀市=の中島敏光さん(51)が言う。
「私が『深層水というものを取りたい』と言った時、当時の三津の大敷き網の組合長さんはどう言ったと思います!? そうかそうか、それなら岸が沈み込むぎりぎりの所で取ればいいよって。室戸の漁師さんは理屈じゃなしに『深層水』を知ってたんですよ。だから漁業権うんぬんもいわず、おおらかに海洋研究をさせてもらえた。こんなことは前代未聞!!」
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「ホーレ、ホーレ」。室戸市高岡の漁港に寄ると、ちょうど定置の大敷き網に入った魚の水揚げの真っ最中。種々雑多な魚に交じって、馬のごとき顔に長い長い筒のような赤い魚。
「ヤガラじゃー、超高級魚じゃでー。室戸の海は何でも取れらー」と漁師さん。
「きんのうはイルカの群れが大敷きに入って、往生したぜよ。年が明けたら鯨が沖に来らー」
深層水がわいて、鯨や魚がやってきて、漁業の町ができている。
(深層水取材班)
【写真】長い長い口と魚体のヤガラ。鋭い歯の肉食魚。「刺し身で食たらうまい。けんど高いぜえ」(室戸市室戸岬町の高岡漁港)
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