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勇者の黄昏 土佐マグロ戦記 <7>  続き

冬の時代
安芸で一年余待つ

 昭和五十一年十一月。室戸の船員斡旋(あっせん)所を訪れた斎藤健次さん(53)=千葉県船橋市=はしかし、あっさりと断られている。

「合栄丸」のブリッジに並ぶ斎藤さん(左)と山田漁労長(昭和57年、アフリカ・ダカール沖)  斎藤さんの「まぐろ土佐船」(小学館刊)によると、係員は「素人が考えるほど生易しい仕事ではない」「年がいきすぎている」と諭し、こう言った。

 「どの船主も赤字を抱えてやっと船を沖へ出しよるのが現状やき。船も減って船員はあぶれちゅう。半年は待ってもらわんと」

    ■  □

 実は当時、遠洋マグロ漁業は冬の時代を迎えようとしていた。

 第一の暗雲は昭和四十八年のオイルショック。五十年代に入ると二百カイリ問題が起きていた。五十二年にはアメリカ、ソ連が二百カイリの経済水域を設定し、世界の海は一気に狭くなる。加えて輸入マグロも増加、五十年八月には輸入規制を求めて室戸市民八千人の署名が国会に提出されている。

 県鰹鮪漁協のデータによると、同漁協所属の遠洋マグロ船は四十九年の百七十一隻をピークに減少基調に入っていた。五十年に百六十三隻、五十一年に百五十一隻、五十二年が百四十五隻、五十三年には百三十八隻。斎藤さんが船を下りた五十九年にはとうとう百隻を切っている。

 もとより斎藤さんがそんな事情を知るわけがない。斎藤さんは「半年待って」という説明を額面通りに受け取った。

    ■  □

 結局、斎藤さんは安芸までバスで戻り、「段」という喫茶店に入る。勤め口を探していると話すと、「麻矢」というスナックを紹介してくれた。

 「段」の常連客が室戸市の遠洋マグロ漁船「第十六合栄丸」の甲板長、安田達一さん(63)だった。「料理の腕があれば沖で重宝がられる」と安田さんからアドバイスを受け、「麻矢」でバーテンを務める傍ら昼は食堂で働くようになる。

 斡旋所からの連絡はなく、マグロ船に乗れないまま一年が過ぎた。しかし、あきらめなかった。体力を付けようと朝は海岸の砂浜を、夕方は安芸川の土手をランニングした。

 そのころはるか南半球の「第十六合栄丸」では安田甲板長が「おかに待たせちゅう男がおる。乗せちゃってくれ」と何度も漁労長に頼んでいた。帰国後、漁労長は「連れてこい」と言う。甲板長は斎藤さんを連れて室戸へ行った。道路の片隅で漁労長と会い、採用はあっけなく決まった。

    ■  □

 乗船を承諾した漁労長、山田勝利さん(62)は現在、室戸市吉良川町で小規模な量販店を経営している。斎藤さんを見た瞬間、こう思ったという。

 「ああ、この人は苦労するなあ」

 見るからに東京者。しかも労働者と言うより芸術家風。どう見てもマグロ漁師には見えない。

 五十三年三月七日。斎藤さんを乗せた「第十六合栄丸」は高知港を出港した。一年四カ月前、「さんふらわあ」でくぐった浦戸大橋を南へ抜ける。目的地は二万キロかなたの南インド洋。

 機関室で百に達するチェック項目を日誌に書き込み、甲板では全員で漁に使うはえ縄作り。慣れない作業に落ち込みながら、斎藤さんは徐々に二十人の船員仲間と打ち解けていった。四月九日、南半球の「吠(ほ)える四十度線」を突破。翌十日、操業開始。

 間もなく、漁労長が思う「苦労」の数々が斎藤さんを襲う。

 【写真】「合栄丸」のブリッジに並ぶ斎藤さん(左)と山田漁労長(昭和57年、アフリカ・ダカール沖)


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