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一獲千金の豪快さ
がらがら、と引き戸を開ける。右側にカウンター、左側の座敷には座卓が三つ。控えめな音量でジャズのスタンダードナンバーがかかっていた。左右の壁に半紙が張られている。地酒や料理の名が端正な筆文字で躍っている。
千葉県船橋市習志野台。住宅地の中にその居酒屋はあった。
店の名を「炊屋(かしきや)」と言う。この名前に店主の思い入れがこもっている。
斎藤健次さん。五十三歳。二十年ほど前、斎藤さんは室戸市の遠洋マグロ船に乗り組んでいた。最初の航海は機関部員だった。その航海途中からコックに転じ、六年間を遠洋の荒海で過ごした。コックのことを沖では炊(かしき)とも呼ぶ。だから「炊屋」。
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ことし九月八日。斎藤さんはきらびやかな東京のホールで壇上に立っていた。後方の看板は「第七回小学館ノンフィクション大賞贈賞式」。式では賛辞が続いた。
小学館の相賀昌宏社長はこうあいさつした。
「一気に読める作品でした。マグロ縄船という世界が、『なるほどそうだったのか』と。全く違う世界が広がりました」
作家の猪瀬直樹氏は、
「危険と隣り合わせの航海の中でこの作品が作られました。どこか突き放した文章で、とても感動的」
船を下りた後、斎藤さんは六年間の体験を一気に文章にする。黄色くなった原稿用紙を再び開いたのがことしだった。結婚し、居酒屋を開き、生活はすっかり安定していた。一念発起、その文章を元にルポ作品を書き上げてノンフィクション大賞に応募する。
結果は“ぶっちぎり”の大賞だった。賞金一千万円を手にし、その作品は十一月末に単行本として出版された。題名は「まぐろ土佐船」。帯にはこんな文句が書いてある。
<「縄船はシケでも絶対にげん」。マグロ船に命を賭けた海の男たち!>
その通り、本を開いた途端に土佐の男たちのすさまじいドラマが展開する。海が荒れ、風が飛び、マグロが躍る。
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「僕は田舎がないから、海に対するあこがれがすごくあって…」
炊屋のカウンターで斎藤さんがぼそり。
「海というか、まあ、水平線のかなたへ行ってみたいと…」
斎藤さんは東京生まれの東京育ち。苦学して高校を出た後、広告代理店を経てフリーの雑誌記者を務めていた。限界を感じた時、心を誘ったのが海だった。
マグロ船に乗ろうと思った。それも土佐船でなくてはいけない。
「焼津や三浦の船では駄目。やはり魅力は土佐船なんです。一獲千金の豪快さがありますから」
斎藤さんが新潟の地酒を出してくれた。ジャズをバックに冷やでくいっ。うまい。
「これ食べて。『たんなるキャベツ炒め』。船で覚えた料理。船ではね、最後はキャベツしかなくなるんです」
これもうまい。キャベツをさかなに地酒をのむ。ジャズが体に染み通る。
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遠洋マグロ漁業が斜陽の時を迎えている。しかし半面、斎藤さんのようにあこがれを持って土佐船を見続ける人もいる。そして延々と続いた遠洋不況にやっと光が見え始めてもいる。
土佐の誇り、海のロマンのマグロ船。斎藤さんの受賞作出版を機に、マグロの世界へスポットを当てる。
(経済部・依光隆明)
【写真】炊屋の斎藤さん。土佐船にあこがれ、乗り組み、本を書き、受賞した(千葉県船橋市)
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