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「ふれあい高新」閉幕 梼原川で園児らアメゴ放流
「身近な環境問題」をテーマに二十六日から高岡郡梼原町で行われていた第七回移動高知新聞「ふれあい高新IN梼原」は最終日の三十日、地元の保育園児らによるアメゴの放流などでフィナーレを飾った。
五日間の期間中、コンサートや講演会などのイベントのほか、地域情報の掘り起こしと発信、地元代表と高知新聞社幹部による夜なべ談議など、これまで以上に「地域とともに歩む新聞」を目指す取り組みが展開された。
アメゴの放流は同町梼原の四万十川源流、梼原川河川敷で行われ、中越武義町長や地元の若草保育園の園児約四十人が参加。本社関係者と一緒に体長二十センチ余りのアメゴの成魚約百三十キロを放流した。
生きた魚に直接触れる機会の少ない園児らは大はしゃぎ。小さなバケツに放流用のアメゴを入れてもらい、ピチピチと跳ねるアメゴを一匹ずつ、そうっと川へ放した。
一方、同町梼原の三嶋神社では伝統の津野山神楽が行われた。「大蛮(だいばん)」「山探し」などの演目が次々に披露され、大勢の見物客から盛んな拍手が送られた。
【写真】「元気でね」とアメゴを放流する若草保育園の園児ら(梼原町梼原の梼原川)
優雅に津野山神楽 高校にクラブ 未来へ舞い継ぐ
高岡郡梼原町に伝わる津野山神楽が三十日、同町梼原の三嶋神社で披露された。津野山郷で千年以上も受け継がれてきた神楽だけに、地元の氏子のほかアマチュアカメラマンや外国人も含む観光客ら約百人が詰め掛けた。
津野山神楽は国の重要無形民俗文化財に指定されている伝統芸能。津野山神楽保存会(会長=中越武義町長・二十六人)が伝承し、毎年秋に同神社の社殿で奉納している。今年も小学生を含む踊り手たちがこの日のため練習を重ね、全十八種のうち代表的な十種を披露した。
舞い始めは、神楽の由来を歌にした「宮入り」。リズミカルな太鼓や笛の音に合わせ、鬼やえびすの面を付けた踊り子が、時に激しく、そして優雅に舞い踊った。
客席が最高に盛り上がったのは、鬼が登場する「大蛮(だいばん)」。無病息災を願って、生後数カ月の赤ちゃんを抱いて舞う場面では、フラッシュがあちこちでバシャバシャ。鬼に抱かれるとたいていの赤ちゃんは泣きだすが、無表情の赤ちゃんもいて、客席の笑いを誘った。「浦安の舞」では、巫女(みこ)にふんした梼原小六年の女子が登場。あまりのかわいさに客席からはため息がもれた。
同保存会の一人は「梼原高校には神楽のクラブがあり、神楽を舞うために入学して来る子もいる。若い者には格好良く見えるみたいですね。伝統芸能によくある後継者不足に悩むこともないです」と笑顔で話していた。
【写真】赤ちゃんを抱えて鬼が舞う「大蛮」では客席が最高に盛り上がった(梼原町の三嶋神社)
四万十大使 畠山重篤さんが「森は海の恋人」と講演
第七回移動高知新聞「ふれあい高新IN梼原」が二十六−三十日の五日間、「身近な環境問題」をテーマに高岡郡梼原町で開かれた。
同町梼原の町保護有形文化財のかやぶき家屋、「掛橋和泉邸」で二十八日夜に開かれた「夜なべ談議」では、地域振興に取り組む地元の十人が、岩井寿夫社長ら本社役員、編集幹部十五人と意見交換。地域活性化への地元紙としての役割、報道姿勢また期待などについて活発に語り合った。
二十九日に行われた「四万十大使」畠山重篤(はたけやま・しげあつ)さんの講演「漁師が山に木を植えるわけ―森は海の恋人」を再録する。
森と川と海は一つ
日本の河川の中で上流から下流まで自然のままで保たれている川は一本もありません。どのような形で保全するのか、国として民族として、これからの問題ではないでしょうか。
四万十川がクローズアップされていますが、川を考えるとき、海と山のことも考えなければいけません。例えばカツオ漁では川が重要。カツオはカタクチイワシを食べ、カタクチイワシは動物プランクトンを食べ、動物プランクトンは植物プランクトンを食べる。雨水が森の腐葉土を通って川へ流れ、プランクトンを育てる養分が海へ流れ込む。このように、森と川と海は一つなのです。
東京湾と鹿児島湾で取れる魚の量を比較すると、東京湾の方が三十倍も多く取れます。鹿児島湾は噴火でできた海で大きな川が流れ込んでいないからです。ホタテで知られる青森の陸奥湾でも、ブナ林の落ち葉が腐葉土となり、その養分が雪解け水で海へ流れ、ホタテのえさとなります。
三陸リアス式海岸もホタテやカキの産地。リアスはスペイン語で「潮入り川」という意味です。調べてみると、本来リアス式とは「川が削った谷が沈降し、海が逆に入ってきた湾」で「海におぼれた谷」という意味だそうです。湾の中に川が流れ込んでいるか、いないかで、植物プランクトンの発生量がまったく違う。単なる入り江でなく、川が流れ込む湾だからこそ魚が豊富なんです。
スペインのガリシア地方にリアス式海岸があります。この海岸近くに「サンチャゴ・デ・コンポステーラ」というカトリック聖地があります。ここへ巡礼に行く人はホタテ貝を身に付けていたと、司馬遼太郎さんの著作「街道を行く 南蛮の道」で紹介されています。リアス式海岸でホタテが豊富に取れていたからでしょう。
当時のスペインには、「無敵艦隊」と呼ばれた世界最強の海軍がありました。仙台藩主の伊達政宗はスペインと交易するため木造の船を建造しました。当時、軍艦一隻に樹齢百年の木が二千本必要で、スペインは「無敵艦隊」だけで百三十隻の船を持っていた。船は広葉樹のロブレ(ナラ)で作られていました。上流に落葉広葉樹の深い森があったからこそ、豊かな農地となり得た。雨がリアス式海岸をつくり、そこで採れたホタテの貝が巡礼のシンボルとなったのです。
私は「森は海の恋人」運動で山への植林活動を続けています。運動の名前は、宮城県気仙沼湾に注ぐ大川上流域に住む歌人、熊谷龍子さんの歌から取りました。熊谷さんはナラ林に覆われた場所に住んでいます。私が山と川と海とのつながりを話すとびっくりされていました。普通は、海から山を見ることはありませんからね。
日本は雨が多い国で、川が血管のように海へ流れ込んでいます。腐葉土から流れ込んだ水が田んぼの稲を育て、海の魚介類をはぐくんできた。また、川は人や物を運ぶ動脈。上流の人は下流の人のことを考え、下流の人も上流の人のことを考えてきた。現代社会は、新幹線や高速道路などの交通網の発達で横のつながりが強くなり、川と海のような縦のつながりがなくなって、人と人との関係まで切ってしまった。
茨城県のある川の流域では「よい子は川で遊ばない」という標語が立っています。現代の教育は子供を自然から遠ざけ、自然の中で五感を働かせて遊ぶことがなくなっています。
私は山間部の子供を海へ招待する環境教育を続けています。これによって、山間部の子は、歯を磨く際に歯磨き粉の量を気にするほど、海のことを考えて生活するようになりました。
梼原は四万十川の最上流。梼原の森に降った雨が四万十川になり、土佐湾に注ぎ、鯨を育ててきました。ぜひ高知でも、梼原の森、四万十川、土佐湾が一つに結ばれるような活動を続けてほしいですね。
【写真】講演する畠山さん(高岡郡梼原町の「ゆすはら座」)
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