ひとつの大家族である「高知家」が、ますます元気な家族となるよう、
さまざまな発信をしてまいります。
特 集 ニッポンイチ体感ツアー 第2弾
「300年生き続ける杉の木。そびえ立つ〝いのち〟の間を歩く!」
自然のままの姿が残る千本山
 高知家のニッポンイチ体感ツアー第4弾のフィールドは、県面積の84%を誇る豊かな森林(※)。降水量が多い中芸地区は、杉や檜などの森林資源が豊富で、古くから林業が栄えてきました。中でも、県木でもある高品質の魚梁瀬杉は高値で取引され、林業は地域を支える一大産業でした。
 天然杉を伐採・消費する一方で、生産拡大のために植林が進み、人工林が拡大。その中で、馬路村魚梁瀬の千本山は人の手が加わることなく自然の姿そのままに受け継がれ、日本三大美林の一つに数えられています。今回はその千本山に6組の親子が登り、森の生きるチカラを体感しました。
 ガイドを務めるのは、「山の案内人」である清岡博之さん。朝9時、馬路村温泉駐車場から小型バスに乗り、まずは馬路村入り口にある「馬路村ふるさとセンター」の2階でお勉強。ここには魚梁瀬杉と森林鉄道に関する資料が展示されており、馬路村がかつて林業によって繁栄していた様子がよくわかります。明治44年にまず馬路村から田野まで開通した森林鉄道は、昭和38年に廃線となるまで、なくてはならない地域の足でした。当時使われていたおのやのこぎり、つるなどの道具に触れながら、100年前の山の暮らしに思いをはせました。
 小型バスは細いくねくね道を通って魚梁瀬ダムの展望台へ。美しい湖面を見ながらさらに奥へと向かい、登山口に到着。お弁当で腹ごしらえをしたら、いよいよ千本山登山に挑みます。

※林野庁統計情報 都道府県別森林率(平成24年3月31日現在)
山で生まれる命、育まれる命
 本山展望台へは、ゆっくり登って約2時間」と清岡さん。登山口には「森の巨人たち100選」に選ばれた「橋の大杉」が門番をするように立っており、幹回り6・8メートル、樹高54メートルという巨漢に圧倒されます。
 10分ほど登ると展望が明るく開け、清岡さんが「老いた木が枯れて枝葉がなくなり、光が入るようになって低木が生えてきた。ここはまさに、命が入れ替わろうとしている所」と教えてくれました。
 赤茶色の杉の葉が降り積もったフカフカの山道をどんどん登り、大きな杉の木に囲まれた森の教室でひと休み。清岡さんのお話を聞きます。「4メートルほどの長さに切って皮を剥ぎ、斜面を滑り落としてトロッコに積み、森林鉄道で海まで運びました。海にドボンと落とした木を今度は船に積んで、大阪や名古屋に運びました」。一人の男の子の「さっき川の所にレールがあった」という言葉に、森林鉄道がここを走っていたのだと実感します。
 さらに登っていくと、木の根元にぽっかりとトンネルのような穴が開いた木に遭遇。子どもたちは代わる代わるトンネルをくぐってみます。これは倒れた木の切り株に新しい木が命を宿し、成長するにつれて切り株が朽ち、木の栄養となって吸収されたもの。ここにも命の世代交代があります。
 子どもたちの足はとても速く、予定より30分も早く展望台に到着。山々に囲まれた魚梁瀬ダムを一望し、「さっきあそこにいたのに、すごく高く登ってきたね!」と驚きの声が聞かれました。この標高900メートル付近にも杉の巨木が立ち並ぶのは、千本山ならではの風景です。
 疲れを知らない子どもたちは下山もハイペース。1時間足らずで山を下り、再びバスに乗って、復元された森林鉄道が走る丸山公園へ。早速列車に乗り込んで、公園内のコースをぐるりと2周。海岸まで4時間かけて走ったという、ゆったりゴトゴトの旅を体験しました。
 山歩きをしながら、すっかり仲良くなった子どもたち。「木が空まで届いていた」「展望台からの眺めが気持ち良かった」「これまで登った山とは様子が違っていて、心に残る登山だった」「疲れたけど、また行きたい」などの感想が聞かれました。
 「今日、みなさんは200年から300年の命の間を歩いてきました」という清岡さんの言葉が、今もなお、巨木がそびえる風景とともに胸に響きます。
毒性があり、獣よけのために植えられることもあるツルシキミの群生。清岡さんの話に熱心に耳を傾けた
機関車は、小さいながらも力強い走り。杉材でできた温かみのあるトロッコと客車を引っ張る
山の案内人スター
清岡 博之さん
昭和28年、馬路村生まれ。馬路村をこよなく愛し、村の文化や風習、歴史、山の暮らしぶりなど、ありのままを知ってほしいと、平成22年に有志とともに「むらの案内人クラブ」を立ち上げた。野菜づくり、ゆずづくり、森の間伐、山登りなど、馬路村では当たり前のこと全般についてガイドを務める、自称「当たり前のおじさん」