ひとつの大家族である「高知家」が、ますます元気な家族となるよう、
さまざまな発信をしてまいります。
山本 堪さん
職 業/ 土佐山アカデミー
プログラムマネージャー
移住地/ 高知市土佐山地区
出身地/ 高知県越知町
移住年/ 2011年
 土佐山アカデミーは2012年10月に設立され、社会教育や環境教育を軸とした持続可能な地域社会づくりに取り組むNPO法人です。その立ち上げメンバーとして、ドイツから帰国して参加した山本堪さん。実は、高知県の越知町に生まれ育った土佐っ子です。
 スタッフとしての役割は、プログラムマネージャー。土佐山の人や自然環境などを魅力的な資源として活用するワークショップや地域ツアーなどを企画し、そのプログラムを地域外の受講者に提供しています。メインの仕事は季節ごとに年4回行う3日間の短期滞在プログラムを企画・運営すること。この冬は「木と暮らす」をテーマに、間伐やヒノキのスプーンづくり、炭焼きの講座などを計画しているそう。受講者は生産者のフィールドで交流しながら、地域性豊かな“山”のスキルを体験します。
 山本さんは職場に近い桑尾地区に家を借り、栃木県出身の妻と暮らしています。グラフィックデザイナーとして仕事してきた山本さん。スイスに渡り、ドイツのベルリン芸大でも学んだ多彩な経歴の持ち主です。「20代は広い世界で勉強して、30代は地元に帰ろう」と、2011年に30歳で帰国しました。ドイツの大学で芸術家の社会的役割を徹底して考える教育を受けたことが、帰国後も確かな信条となっています。「芸術家は新しい価値観を提示し続ける仕事。土佐山へ来たのは、幼少期に越知で慣れ親しんだ“山”で、山を生かした仕事をしたいと思うようになったから。山の文化や資源を次へつないで行くための、社会的な価値観を育てる場をつくりたい」。
 現在のプロジェクトを可能にした社会教育の風土が土佐山にあることをドイツからリサーチして、心打たれた山本さん。「歴史像がすごい。高知の山はどこを見ても文化が濃いです」。
焼いた炭は少しずつ販売も始めました。燃料としてだけでなく調湿剤としても販路を開拓中です
 若手ながら土佐山桑尾地区公民館長でもあり、高知市消防団土佐山分団操法1番員も担っています。最近、ご近所でお世話になっている和田義孝さんや地域の男性陣と、廃れていた炭窯を再生しました。「土佐山は炭焼きの村だったんです。炭の仕事で森林の管理と材料の供給を一元化できれば。窯造りは準備段階から多くの人が関わって楽しかった」と山本さんが言えば、和田さんが応じます。「山本さんのリーダーシップで地区が元気になりました」。
 桑尾の公民館では「桑尾を偲ぶ会」という、地区外へ出た人たちとの交流会を長年行ってきました。公民館長の山本さんは、その責任者。今年は台風で中止か延期かを住民投票で決め、「元気になるためにやることにしました」と笑顔の和田さん。地域に吹く新風を追い風にと後押しします。
 山本さんが未来に向けて願うことは「山を元気にしたい。一つには、自然の山を本来の多様性を持った姿にすること。そしてもう一つは、ここに住む人が元気に暮らせること。代々の人も移住者も関係ない、ここに暮らす誇りや視野の広い愛郷心が必要。一つのことですべてが解決はしませんが、炭焼きの生産活動をはじめ、いろいろ挑戦していきます」。
 土佐山での活動も3年になりました。「自分のアイデンティテイーは、高知の山の文化に置いています。他の地域と競合せずに、山と地域のために役立ちたい。ここに集まった人が行動してプロジェクトの種が生まれるよう、これからは地域の人たちと何かを起こしていく段階だと思います」。
「土佐山の人たちのおもてなし、底力がちがいます。言葉だけでなく、受け入れてくれてるなと思えるんです。1980年代から社会教育で人づくりに力を入れてきた地域。当時中心だった人たちが今、60代70代。人と人が知り会って新しいものをつくる大切さを身をもって知っています。だから地域の集まりでも真剣。移住者や事業に対する意見が出ても、単によそ者を排除する空気ならば制してくれます。地域に住む人間としての気概に心を打たれます」
「流しソーメンやるやったら酒も要るねえ」「まかせるき」桑尾を偲ぶ会に向けて炭窯の前でおもてなし企画が進行