井上 学さん(26) 高知市
新聞(しんぶん)記者(きしゃ)は、日々社会で起(お)きている事件(じけん)や出来事(できごと)などを取材(しゅざい)し、新聞に記事(きじ)を書いたり、集まった記事を新聞の形に整(ととの)える仕事(しごと)をしています。
新聞は政治(せいじ)、経済(けいざい)、文化(ぶんか)、スポーツなど、さまざまなニュースを扱(あつか)っているので、それぞれの分野(ぶんや)を専門(せんもん)に取材する部署(ぶしょ)があります。
私の所属(しょぞく)する社会部には30人近い部員(ぶいん)がおり、事件・事故(じこ)などを担当(たんとう)する「警察(けいさつ)」、特定(とくてい)の分野に縛(しば)られない「遊軍(ゆうぐん)」、教育(きょういく)全般(ぜんぱん)を扱う「教育」の3つの班(はん)に分かれて取材しています。私は教育班でこども高知新聞を担当しています。
新聞記者は事実(じじつ)をありのまま読者(どくしゃ)に伝(つた)えるのが役割(やくわり)です。報道(ほうどう)は偏(かたよ)らず中立に、常(つね)に社会的(しゃかいてき)に弱い立場の人の視点(してん)に立って物事(ものごと)を見ることが大切です。権力(けんりょく)を持つ人間の大きい声は世(よ)の中に流れやすく、発言(はつげん)力(りょく)を持たない多くの人たちの声はそれにかき消(け)されてしまうからです。
私は記者になってもうすぐ2年が経(た)ちますが、これまで失敗(しっぱい)ばかり。台風の日に寝坊(ねぼう)して大遅刻(だいちこく)し、取材に出たらカメラを雨にぬらして壊(こわ)してしまうなど、失敗例(れい)は枚挙(まいきょ)にいとまがありません。いつも何かやらかして先輩(せんぱい)や上司(じょうし)から怒(おこ)られています。
人の痛(いた)みを自分のものとして感(かん)じ、社会に問題(もんだい)を訴(うった)え掛(か)ける新聞記者の姿(すがた)に憧(あこが)れてきましたが、道のりはまだまだ遠(とお)いなぁと、日々反省(はんせい)しています。
初(はじ)めて社会部に配属(はいぞく)された時、先輩記者たちが忙(いそが)しく立ち回る中、自分は何をしたらいいのか分からず、机(つくえ)でぼんやりしていました。すると、上司から「何しゆうがな。行ってこい」と言われ、訳(わけ)も分からず取材に行かされました。
写真(しゃしん)の撮(と)り方も、質問(しつもん)の仕方(しかた)もよく分からず、現場(げんば)でおろおろしていると、電話がかかってきました。「早う帰らんと、書く時間ないぞ」。その言葉(ことば)に焦(あせ)り、会社に駆(か)け戻(もど)りました。
記事を見よう見まねで書いて上司に渡(わた)すと、返(かえ)ってきたのは「新聞読みゆうか?」という厳(きび)しい言葉と、真っ赤に赤ペンで直された原稿(げんこう)でした。ショックでしたが、翌日(よくじつ)の紙面(しめん)に写真と記事が掲載(けいさい)されたときはとてもうれしくて、今でも切り抜(ぬ)いたその記事を大事に持っています。
この仕事の楽しみは、たくさんの人と出会い、多様(たよう)な価値観(かちかん)に触(ふ)れること。70年間山奥(やまおく)で炭(すみ)を焼(や)き続(つづ)けているおじいさんから、戦場(せんじょう)で修羅場(しゅらば)をくぐったことや、山の木々一本一本の性格(せいかく)の違(ちが)いなどの話を聞いたときは人生の壮大(そうだい)さや、それを歩いてきた人の培(つちか)った英知(えいち)に、めまいを覚(おぼ)えるような衝撃(しょうげき)を受(う)けました。
私は新聞記者としてはまだまだ生まれたての赤ん坊(ぼう)。もっと多くのものを見、人と出会って、一歩でも理想(りそう)の記者像に近づくために頑張(がんば)ります。
=おわり=
【写真説明】インタビューをする筆者。時々、話題が脱線してしまいます(高知市本町3丁目の高知新聞社)
(高知新聞 2006年3月12日朝刊)
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