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’04出直し知事選 本紙記者座談会(下)「私たちは何をどうみているか」(2004年11月10日・朝刊)
橋本大二郎氏の辞職に伴う’04出直し県知事選についての本紙記者座談会を続ける。後半のテーマは「光と影」「トップと議会」「知事像」「高知という土壌」――。【写真説明】新しいリーダーを迎え入れた平成3年12月当時の県庁舎。今はあるじなき状況が続く 《参加者》 依光隆明(東京支社編集部) 須賀仁嗣(本社政治部) 岡林直裕( 同 ) 野本裕之(本社経済部) 山岡正史(本社社会部) 岡村啓太郎( 同 )
▼光と影 強い県庁へ仕組み必要野本 橋本県政の13年間を大づかみで見たら、良かったのか悪かったのか。山岡 自民党がすべてを決める県政、県連か永田町(党本部)か分からないけど、民意の届かない所で物事が決められることは少なくともなくなった。大げさに言えば、社会体制がガラリと変わるほどの決定的変革。そのリーダー、シンボルとしての橋本さんの功績は大きい。 依光 旧来の自民党政治に対する県民のストレスが平成3年の知事選挙で爆発した。 岡村 就任後は声の大きな県体育協会長を排除したり、天皇杯至上主義でない国体を成功させたり。 野本 経済面から言えば、製造品出荷額は全国最低に落ち込んでいるけど、その製造業の社長は橋本さんを評価している。いろいろ動いてくれるから、と。トップセールスで最後の一押しをやって成果を出しているわけよ。 須賀 2期目くらいまではまぶしいくらい輝いていた。だけど今はこう思う。県民をこれ以上分断してほしくない、敵味方に。 野本 古いしがらみを壊そうと思ったら当然、敵はできるよ。 須賀 「正義」という言葉を声高に使うところが危うい感じ。ブッシュ大統領みたいに。変えないといけないものは変えるべきだが、手法が問題。人前でぶんなぐるようなやり方は、相手も「許さない」となる。政治の世界は怨念(おんねん)が動力源といわれる。自民党の派閥政治がそうだろう。懐が浅い手法だと、そこから緊張と不毛な状況を押し広げる心配がある。 野本 13年間、権力者の座にいてシンパを増やすならいろんな手を使えたはず。ところが、むしろだんだん対立する勢力が大きくなってきた。自分の中で是非を決めるとき思いっきり、正義感で突っ走ってしまうところがあるからかな。 須賀 がっかりする場面も増えたね。県警の捜査費の問題がそう。二男逮捕の事件のことがあってか、記者会見での物言いは警察に思いっきりおもねったという感じ。で、「県職員とは苦労の度合いが違う」と。あれで県職員はうつむいた。 岡村 橋本さん同様に改革派知事と言われ、県警と真っ向勝負の浅野知事(宮城県)と全然違ったね。 岡林 橋本さんはずっと壊す作業を続けてきた。「これから支え合う時代です」と言うが、一方では壊す政治手法のまま。敵味方に分ける選挙をしてどうやって支え合っていくのか…。 依光 壊すんだったら壊すでいい。じゃあ破壊力、突破力が持ち味の橋本さんはもう使えなくなったのか。そうじゃないと思う。ただトップを補完する庁内体制、組織再生の仕組みをつくらないといけないのにそれがつくれない。ここが問題だ。 野本 自分が何でもできる人は自分でやってしまうから、人を育てられないというが…。 岡村 橋本さんはそうじゃないだろう。仕事はむしろ丸投げだ。良い意味でも悪い意味でも。 野本 だったら、人材が育たないといかんのに。 須賀 トップは丸投げでいい。権限渡すから成果を上げろ、でいい。が、橋本さんは責任を取ろうとしない。そう映る。だから育たない。今回の疑惑の事起こし、笠誠一・元橋本事務所事務局長が興味深いことを言っている。「大ちゃんは自分を支えてくれた人を結果として切ってしまう」と。 依光 それで言うと、闇融資事件で背任罪に問われている山本卓元副知事がその筆頭じゃないか。彼は今、自分が知事を守り切ったという一念で自らを支えていると思う。 野本 いろんな意味を含めて、闇融資事件というのは県庁を変えた。意識の面でも組織の面でも。 須賀 知事自身をも変えたんじゃないか。橋本さんは昨年の知事選前に、自らのホームページに「最初は県庁に軸足を置く知事ということを自分なりにやってみたが、やっぱり県民に軸足を置く」と決意を書いた。源泉をたどると、あの一大不祥事に突き当たる。あれは橋本さんにとっても県民にとっても痛恨だった。 岡村 そう。自民党に言わせれば「トップの管理がなってない、外でセールスばっかりするから」となるだろうが、そうとも言い切れない。 山岡 この際、松尾高知市政も含めて「人と組織」を振り返ってみたい。 岡林 これはある県幹部OBの話だけど、庁議で幹部職員が前を切る場面がない。職員は知事を全能の神のように思っている節があるがそうじゃない、幹部としての意識がプライドを含めてなさすぎる、と。トップの受け売りが目立つ感じが強い。 須賀 闇融資事件の反動で委縮したのかもしれない。何かでミスをしたら責任は自分に降りかかる、と。 野本 それは言える。ミスを恐れて積極性がなくなった。 山岡 情報公開の時代、それも大きいよね。 須賀 官官接待全廃から始まって、県職員はそれまでの官の特権をはく奪されてきた。それは県民から見たら望ましいわけ。が、公務員一人ひとりの分限はものすごく弱い。外圧にも弱いし、それは高知市の特定市民問題が象徴している。ただ一人ひとりは弱いのに、組織となったら傍若無人になる。 依光 組織はいい意味で強くないといけない。組織が強ければ弱い人間でもやっていけるわけで、組織を強くするためにどういう仕組みが必要か、人材の再生産をどうすべきか考えないといけないのに、それが非常に弱くなっているような気がする。 須賀 二つ方法があると思う。一つはやっぱり上司が良質であることと、それから鉄は熱きうちに打てというか、組織運用のルール。若いうちに責任を負わせて仕事をさせていく。そういう組織に公務員社会も近づかないと。 岡林 県は昨年、組織を細分化した。これはプラスマイナス両方あると思うけど、課室を小さな単位にして若い課長をたくさんつくり、機動性と責任権限を下ろしていく。これはプラス。 野本 その組織論だが、経済界からよく言われたのは、2年ごと3年ごとに担当の部局長が代わって、全部一から説明しないといけなくなる。その繰り返しだ、と。ところが、橋本さんになって、若いころ商工にいてちょっと離れてまた商工へ帰ってくる、そんなメリハリの利いた人事をしだした。産業界は結構そこを評価しているよ。 岡林 庁議の話で言えば、幹部職員の発言がない。これは松尾市政の2期目後半以降にも、顕著に見られること。最初は発言していてもある時期からみんなあきらめにかかった。いくらトップに進言しても、松尾さんがトップダウンで自分たちの分からないところで決めて話を下ろしてくるという姿勢が色濃かったから。その弊害が高知市政にもあったんじゃないか。 依光 市役所の幹部は無力感、県庁の方はイエスマンか。 山岡 橋本さんはそんなにイエスマンばかり重用していくタイプじゃないように見えるけどね。 須賀 目利きが悪いと言うか…。 岡村 それで言うなら、知事の仲介した男が引き起こした池川町の覚せい剤事件。女性を毒牙にかけた。普通なら辞職ものだよ。 山岡 橋本さんはその時、「辞職を真剣に考えたが、高知商銀事件がはじけてマスコミがそっちに行ったから…」と。 岡林 組織運営の難しさ、トップと組織の関係で見ると、光と影はやはりある。 須賀 それは県庁だけでなく高知市役所も同じ。面白い対比があってね。先々代の横山龍雄市長は、市職員には「天皇」的な存在だった。累(るい)は助役以下で食い止める、トップには及ぼさない、と。ところが松尾さんになってガラッと変わる。トップダウンでどんどん進めるわけ。 野本 経済界は革新市政と比べるから大きな批判はない。対話の幅は間違いなく広がっている。ソフトウエア団地は業界の声をきちんと聞いて造ったしね。「ノーと言えない市長」という声もあるが…。 依光 ただそれで、いきなり第三者検討委員会の頭越しに小学校を造ったり。あの時は幹部の猛反対を押し切ったと聞いたけどね。特定市民問題も松尾市政下で根が深くなったと指摘されてもいる。 山岡 シネコンもかるぽーとも調整能力に疑問を残す。松尾さんにとっては、自分の下に声を寄せてくるのが市民。そんなところがないか。 依光 基本的に「声の大きな市民」との対話。 岡林 積極財政型だった松尾市政が今の財政難に追い込んだという指摘もさることながら、どん詰まりになったのはその市民対応だ。三里のエコタウンや土佐橋高架橋で説明会に直接出掛けたらつるし上げに遭って声を荒らげる場面もあった。 依光 市のアドバイザー、東大の神野直彦教授(経済学)はシネコン対応を評価している。 須賀 県外大手資本に地元資本が食われることへの抵抗、という評価かな。 岡村 ただ、政策判断に限って言えば、橋本さんも日高村の産廃問題で右往左往した。強力に支援してくれる建設業者がそこに絡んで、それ自体が「しがらみ」化していると言われている。政策判断では行政トップにしか分からない苦悩がつきものなんだろう。 山岡 橋本さんは頑張る人、頑張る地域を応援するという姿勢を行政施策の中で明確にした。しかしそれは、県民への支援や公費の分配に優先順位を付けることを意味すると思う。そこに反発する層が生まれたんじゃないか。頑張ることすらできないほど疲弊している人たち、地域、職域の人たちにとって、それは切り捨てじゃないかと。従来型のあしき平等主義の是正は支持されても、それには弱肉強食の論理と通じてしまう部分もある。 須賀 松尾さんで指摘しておきたいのは国への従順さだ。旧自治省出身だけに国を疑う姿勢が基本的に弱い。住民基本台帳ネットワークしかり、市町村合併しかり。そこが橋本さんと決定的に違う。
▼知事像 旧来型は通用しない山岡 また選挙かというムードが、正直言ってある。岡林 同じ顔ぶれだし。 須賀 そこからどんな高知の政治状況が見えてくる? 岡村 「どっちも、もうえいやんか」という声、切ない思いが少なくないんじゃないか。そういう有権者のジレンマは絶対あるはずだ。 須賀 県民のストレスというのはあるだろう。一つは、知事と県議会の対立で、「そんなことをしている場合ではないだろう」という声に表れている。もう一つあるとすれば、「ほかにおらんかよ」。 山岡 13年前と比べて、「市民社会」としての高知県がどこまで成熟したかというのは、実のところまだよく分からない。確かに情報公開や政策決定への住民参加など制度面では変わってきているけど、県と一人ひとりの県民の関係はほとんど変わってないんじゃないか。そう考えた時、橋本さんも松尾さんももういいというのは、排除の論理ではなくて、自立できないストレスというか、自治を実現できないという閉塞(へいそく)感かもしれない…。 岡村 しかも、今回の疑惑で分かるように、また利権政治を求める動きが出てきたりする。 須賀 有権者はやっぱり欲張りなんだ。突破力、破壊力を持った人が欲しいし、一方で県議会を取り込めるくらいの度量、協調性を持った人も欲しい、と。 依光 高知県民の知事に対する期待度というのは、全国的に見て高いと思う。橋本さんの出現によって、知事と県民の距離が急速に縮まった。「大ちゃん」という言葉が飛び交うくらい、近い。露出度も多いし。よその県だったら、国会議員が知事をやるとか、官僚がただ出身というだけで知事をやるとか。あるいは副知事がそのまま「昇格」するとか。結果的にそんなのが多いが、高知県民はそういうレベルでは満足しないところまで来ている気がする。 野本 それはある面、進歩している? 須賀 ただ、スター性を求めるのが今の時代状況。小泉首相はほころびも出てきたが、総じて支持率は高い。これはメディア社会の進展とか知名度優先とか、時代の特性に合致している面がある。 依光 県民が次にどんな知事を求めるかということで考えれば、もう一つ山を越えた、例えば高知県を「独立」まで持っていけるようなリーダーではないか。 岡村 橋本大二郎という人は、やっぱり橋本龍太郎、橋本家というブランドだ。いろんな人に聞いたが、中央へのパイプが太いと思っている人も多い。 須賀 やっぱりそれが一つあって、兄さんによる経済吸引効果を期待して弟を支援したという人はまぎれもなくいる。今回の選挙で注目すべきポイントの一つに、その兄さんが事実上失脚したことがある。 依光 龍太郎ブランドが地におちているわけだ。だからといって「大二郎人気」がかげりを見せるかというと、そうは思えないが。 岡林 ブランド論で言うと、ブランドに対する喪失感、そのおびえが県民の中にはあると思う。 須賀 大ちゃんがいなくなったらどうするの、というね。 岡村 高知新聞の世論調査で、橋本さんの功績に「県の知名度が上がった」が上位に挙がる。橋本さんの熱心な支持者は大抵こう言う。「高知県が有名になった」と。その大二郎ブランドを喪失することに県民は恐れるというか…。 依光 東京で有名な知事に3人挙げられるのは、石原慎太郎(東京都)、田中康夫(長野)、そして橋本大二郎。「大二郎によって高知県が一つのブランドとして価値が上がった」という見方をしているのではないかという気がする。それともう一つは、平成3年の選挙の時、あのどん詰まりの閉塞状況の高知にポンと来てくれた、と。 須賀 そこから「私は特別な候補」「大ちゃんは特別な政治家」という意識が出てくるわけだ。 岡村 ああいう草の根選挙を最初にやったというプライドも絡んでいると思う。 須賀 ただ、メディアの立場からすれば、ブランドや県民の志向にべったり寄り添うわけにはいかない。政治家に「特別」を設けてもいけない。普遍的なもの、つまり資質とか政治倫理だとか、政策実行力だとか、そういういくつもの切り口を常に当てながら見ていかねばならない。これは自戒を込めて言うが…。 山岡 それと、どうしても多選の問題がある。 依光 多選の弊害というのは見ておかなければならない。橋本さんが果たしてきた歴史的な役割を考えた場合、建設というよりも破壊が特徴だったと思う。ということなら役割はもう終わったという見方があっても不思議ではない。 岡村 そういう見方がぼつぼつ出てきたのは間違いない。去年の選挙でも現にそういう声はあった。去年の選挙は23万票対19万票。19万票の中にはかなりいると思う。 依光 じゃあ今度、高知県を建設するとなった場合にどうするか。そこを考えるようなレベルの高い知事選をするのが理想的だが。 山岡 「改革派」を標ぼうする橋本さんに対峙(たいじ)していこうという松尾さんには、しっかりした政治理念や主義主張を展開してほしい。政治手法だけを批判しても駄目。力強い理念を示せないことには、ただの「守旧派」で終わってしまう。 須賀 とにかく知事への要求レベルが高くなった。が、その分だけ現実とのギャップも大きい。 野本 流れとしては地方分権。知事の権限は今よりもどんどん増していく。それだけに当然、よりレベルの高い知事選も必要になっていく。 依光 旧来型の知事はもう通用しない時代。そういう意味でも、土佐は先進地、というか先を走らされていると思う。
▼トップと議会 取り込むか、取り込まれるか山岡 トップと議会。今回の出直し選の背景でもあるこのテーマに触れたい。須賀 松尾市政で言えば、その是非は「車の両輪」だった市議会にも当てはまる。何しろ、共産党以外の「オール与党」でやってきた。 岡村 トップが自分の政策を実現するために議会を取り込むのは当たり前では? 依光 取り込むか、取り込まれるかは大違い。議会を納得させるのに、橋本型の「真剣勝負」でいくのか、松尾型の「肩を抱きながら」でいくのか。 須賀 橋本型が望ましいとは思う。が、そこは二者択一ではない。現に、高野切(こうやぎれ)本の購入なんかは執行部がゴリゴリ根回しやっていたし。 依光 あんまり反対が出なかったのはそれでか。 岡村 橋本さんは根回ししないというスタンスでやってきたが、かつて高知工科大の設立を県議会がOKしたのは山本卓副知事(当時)の根回しあってのことと聞いている。それなのに外では「根回し無用」と言うのは整合しない。 岡林 今はどうも適役が見当たらない。 須賀 県議会は橋本さんが言うように「とにかく根回しせよ」の一点張りではない。前向きに政策討論をしようとはしてきている。そこを「根回しを要求する旧来の政治」とレッテルを張ったら反発するのは当たり前だよ。 岡村 むしろ不健全なのは親知事派の会派でね。知事以下幹部をぞろぞろ呼んで「大お客」をやっている。このご時世に。共産党は今や“是々是々”姿勢だし。健全な関係と言えるのかな、それで。 山岡 同感だよ。ところで自民の中に親知事派が生まれてきた経緯はどんなこと? 依光 知事の権威、権力。 須賀 知事の支持率の高さ。 依光 基本的には権力だと思う。 山岡 親知事になった県議にはいろんな理由があるんだろうけど、橋本さんの発信するものの考え方に共鳴した人もいると思う。 岡林 そう。若手をみると橋本さんの草の根支持層と重なる支持で議会に上がってきた人は少なくない。 須賀 ただ、県議でも政党人、とりわけ自民党には「解党」させられるという危機感が強い。平成3年当時から議席数が半減しているのが象徴的で、「政治家無用論」まで書いた橋本さんが根底に持っているのは政党への批判眼。ということは、およそ政党に属する者は自己否定されるわけ。食い合わせの悪いものが収まった胃袋が食あたりを起こしている、それが今の県政じゃないか。
▼高知という土壌 「地方人」の視点求める野本 あえて言うが、「地侍待望論」がある。何で高知の人間が出てこないの、という。須賀 実際はそれが渦巻いているのに表に出にくいとすれば、やっぱり「偏狭なナショナリズム」というレッテルを張られたくないというのがあるんじゃないか。 野本 人物本位だったら別に県外出身者でも構わない、というのが橋本県政、松尾市政実現の理由でもあったはずだが。 依光 第一、県民がそれほど地侍を望んでいるかな。 山岡 そう、それも思う。日産のゴーン、サッカーのジーコ。物事を大胆に改革、改善しようという時、人はもう地侍にこだわらないよ。ただ、それは改革途上期だからかもしれないが。 岡林 どうして地侍でなければいけないのか。 須賀 それは理に沿えばそう言えるが、人には理と情がある。その情の部分では、できればやっぱり高知DNA、土佐DNAという…。 野本 いずれ県内から良質な、中内県政の時とは違う地侍が誕生するのではないかという期待は確かにあるな。 岡林 キーワードは地方。それを考えたら、もう土佐人とか言っている時代ではない。地方人という視点を明確に持って、その上に立つ人というリーダー像を求めていると思うし、そうしていかないと結局、行き詰まるんじゃないかな。少子高齢化の先進県だし。 依光 賛成。 須賀 加えて言えば、今の市町村合併もそうだが、固有のアイデンティティーが大切にされる社会も望ましい。だから、できれば高知のDNAを持った知事がいい、というのはなくならないんじゃないか。 依光 ただ、かつての県内出身の知事には「同郷には…」という、えこひいきみたいな見方をされるところがあった。その点、県内全域を包括した橋本さんが外からポンと来たら、意外と高知県は固まってしまうという…。 須賀 高野切本購入の是非論で思ったが、長宗我部と山内という一種のねじれ合った歴史を土佐人は持っている。それもプラスマイナス両面で。いま橋本さん、松尾さんを受け入れているのも、過去にそういう訓練を経ているからかもしれない。 野本 高知県人は寛容だと思う。 須賀 ただ、経済界でいうと若干疑問。富を生み出せる平地が少なくてパイが少ない、限られている。客人として来る者は「いらっしゃい」だけど、住み着いて自分たちの職域に割り込みますよとなれば、たちまち排除の論理が働く…。 野本 それはどこの地域でもあるが、もっとすごい所が県外にある。本当にすごい。高知にそんなのはあんまりない。アイデンティティーとして、結構受け入れる。 依光 それも土佐人としての度量が試されるところだ。
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