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警察の怖さ(夕刊「話題」)
(2004年6月14日・夕刊)
警察の怖さは何か。後ろめたいことがある人は、「いつ捕まるだろうか」という怖さがあるだろう。日本の警察が昔から持っている怖さであり、犯罪の抑止力にもつながってきたと思う。子どものころ母親に「悪いことしたら交番へ連れて行く」と怒られたことを今でも覚えている。
もう親と交番に行くことはないだろうし、毎日のように警察に顔を出しているので、子どものころ感じた警察の怖さはなくなったが、最近は捜査費問題を通じて別の怖さを見た。
捜査費の処理は、全国でほぼ同じ不正の手法が受け継がれてきた。本県をはじめ北海道、福岡、最近では愛媛などで指摘されている内容を見れば明らかだ。「間違いを認めて出直せばいいのに」と思うのだが、ほかの不祥事とは違い、こと捜査費に関して警察は往生際が悪い。組織ぐるみの隠ぺい工作、関係者への口封じを平気でやる。言い訳が不自然であろうが何であろうが関係なし。捜査機関でありながら寒気を感じる怖さだ。
さて、昔から持っている怖さはどうなっているのか。検挙率の低下が叫ばれ始めたのは、もうひと昔前の話で、県警からは重要事件解決の朗報が聞こえてこない。殺人、強盗だけでなく、香美郡の連続神社放火、伊野町の手りゅう弾爆破事件といった地域住民の関心が極めて高い事件も、今のところ音なしだ。
後ろめたい人たちは、びくびくしているだろうか。それとも警察をあざ笑っているだろうか。「悪人は捕まえる」という、警察本来の怖さがなくなってしまっては困る。警察は不自然な怖さをつくることに腐心するより、犯罪者から自然に畏怖(いふ)される存在であってほしい。(竹内誠)
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