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蜃気楼 (夕刊「話題」)
(2003年8月6日・夕刊)
県警の捜査費について取材したのは初めてのことではない。国費分の捜査費を虚偽請求したことで、今回問題となっている本部捜査一課とは別の部署で、数年前に捜査費の使途が問題になりかけたことがある。「なりかけた」という表現を使ったのは、記事にするまでの確証を得られなかったからだ。
「捜査費で幹部同士が飲み食いしている。現場には1銭も下りてこない」。当時の情報はこうだった。取材に取り掛かったが真相が見えてこない。関係者に直撃しても、否定はしないが「勘弁して」「それには触れるな」という答え。遅々として取材は進まなかった。
感じたのは、県警にとって捜査費は「秘中の秘」であり、何か「後ろめたさ」がある、ということだった。実態がつかめないだけに一種の不気味さすら感じた。いくら頑張ってもたどり着けない蜃気楼(しんきろう)のようなものだった。そんな記憶を忘れかけたころ、今回、ようやく蜃気楼が目の前に現れた。
当時と変わらないのは県警の姿勢。「不正はない」との言葉を繰り返す様子にはむなしさを覚える。目の前の蜃気楼が骨格を見せるのか、再び姿を消すのか、見当がつかない。捜査費の不気味さは相変わらずだ。
県警は「捜査費は適正に執行した」と強弁しているが、金を使うはずの捜査員でさえ、以前から「不正はなくせ」という反発を強く持っていることを知っているのだろうか。階級社会ゆえに、部下の声なき声を聞き漏らしてはいないのか。幹部自らが耳を澄ましてみるといい。
こちらの思いは「警察を叩(たた)く」ことではない。「警察には一片のやましさも持ってほしくない」という切なる願いがあるだけだ。(竹内誠)
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