友人たちのお宅を訪問して、必ずと言っていいほど見かけるのが、色とりどりのキルトです。ベッドカバーや毛布、壁掛けといった大きなものからクッションやテーブルマット、小物入れまで、サイズや用途はさまざまですが、単なる部屋の装飾というよりは日用品として、アメリカの日常生活に溶け込んでいます。
キルトというのは、2枚の布の間に綿などの詰め物を挟んで刺し縫いしたもの。小さな布をつなぎ合わせるパッチワークキルトがアメリカでは特に発展しましたが、表布に1枚の布を使ったものや、さらに刺しゅうやアップリケを施したものなどもすべて「キルト」と呼びます。
アメリカにキルトが伝わったのは、1620年にヨーロッパからの開拓者が移住を始めた時です。当時の人々にとって母国から持ってきた布地は貴重品でしたから、残り布や使い古した衣類をつなぎ合わせ、新しい布地を作りました。アメリカのキルトは、開拓者の倹約精神と工夫のたまものと言えるでしょう。
キルトの柄(パターン)は現在、5000種類ほどもあるそうですが、それ以外にも、日常生活の様子や記念日、歴史的出来事などが織り込まれてきました。
最近では、芸術品としても注目されるようになり、世界各地で活発な制作活動が行われています。日本でも200万―300万人の人々がキルト作りを楽しんでいるのだそうです。
アメリカの伝統と聞くと挑戦せずにはいられない私、早速友達のトリッサに頼んで、お母さんのアン・ベネにキルト作りを習うことにしました。
看護師のアンは、夫とともに子ども5人を育てる傍ら、週1回自宅を開放して縫い物を教えています。子どものころ、おばあさんにキルトの縫い方を習った後、洋裁学校にも通ったというアンは、縫い物全般に玄人はだし。家庭用品や普段着はもちろん、娘たちの高校卒業パーティー用のドレスも縫い上げました。
そのアンが今手がけているのが、最近タイに移住したトリッサに贈るためのメモリーキルト。トリッサが小さなころの写真や家族、友人の写真をデジタル処理して布に複写し、表布に縫いこんだものです。
トリッサと一緒にアップルパイを作る私の写真もその中の1枚。ほとんどアンが1人で縫いましたが、最後の仕上げは私たちもお手伝い。まだトリッサには内緒なのですが、早く喜ぶ顔が見たくてうずうずしています。
私自身が作っているのは、正方形の布をつなぎ合わせて作るパッチワークの毛布です。アンのお母さんが使っていたミシンを借りて、中学校の家庭科の授業以来、久しぶりにペダルを踏んでいます。
ただ四角い布を真っすぐにつなぎ合わせるだけなんだから簡単だと思ったのだけれど、つなぎ目がずれないように、きれいな碁盤の目を完成させるのが意外と難しい!
最初は小さな布切れだったものが、だんだんと一つになって、まったく新しいデザインの布として生まれ変わっていく様子には、幸せすら感じます。
アンにもらった布はどれも、トリッサたち5人きょうだいの衣類を縫った残り布。「リーランドとルイスのパジャマの布、これはトリッサのスカート、これはフィービーのシャツ、そしてこれは私のパジャマと同じよ」と、トリッサの妹のヴァレリーが一つ一つ教えてくれました。
それなら私の毛布もベネ一家のメモリーキルトと呼べるかな、なんて思えて、愛着がわいてしまいます。完成品の写真をトリッサに送る約束をしているので、その日が今から楽しみです。
(土佐市役所職員、米ミズーリ州立大コロンビア校留学中、コロンビア市在住)
【写真】トリッサのメモリーキルトを仕上げる。左から妹のフィービー、友人のバーニー、お母さんのアン、友人のメリッサ
(平成14年11月24日付朝刊掲載)
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