イタリアに来てベニスで暮らし始めたころ、時間があれば街をノコノコ歩き回りました。小さな、新しい発見をたくさんしました。観光客があまり通らない道や近道、地元の人が利用する安い店やおまけの多い店など…。肉屋やパン屋、雑貨店と次々に“縄張り”を広げていきました。
そんな中にカメラ屋さん(写真店)がありました。大通りから離れた何の飾り気もない素朴な店でした。
初めて訪れた私を迎えてくれた店主は、魚のようなギョロとした目の六十歳くらいのおじさん。狭い店内で座ったままぶっきらぼうに「いらっしゃい」と言うと、あとは、その目で私を見すえるばかり。フィルムを出し「これ、お願いします」「名前は?」「亜理です」「(出来上がりは)五日後」「はい。では、さようなら」「さようなら」―。この間、おじさんはにこりともしません。その後、何回通っても同じでした。
「このおじさん、しゃべるのが嫌いなのかな?」と思っていたらある日、お客さんとしゃべっているではないですか。笑ってもいる。しかも、会計ではドーンと値引きまでも…。「まあ」と思ったものの、だれとしゃべろうと笑おうと、おまけをしようとしまいと、おじさんの勝手なんですが、なぜか私の心はチクッとしてしまいました。
その後も、しばらくは店に行ってもお決まりの“儀式”の繰り返し。それが、ある日突然、あいさつの後に「(名前は)亜理、だよね」。内心「エッ!」と思いつつ「はいっっっっ!」と、ソプラノの大きな返事をしていました。おじさんはその目をニヤッとさせました。
その日を境におじさん、しゃべるわ、おまけはドンドンしてくれるわ、すっかり変わってしまいました。
そして、半年後の夏。いつものようにフィルムを出しに行くと、扇風機もない店の中で、おじさんは玉のような汗をかき少し苦しそうでした。何日かして店に行くと、見たことのない男の人がいました。
「おじさん、具合が悪いの?」と声をかけると、その人は少し驚いたような顔で「いや、死んだんだよ」。
「えっ!」
「私は義理の息子でここを片付けているところなんだ」
代金を払って店を出ると、ひとりでに涙がほおを伝い始めました。
私は、おじさんの名前すら聞いていませんでした。天国のおじさんは、まさか私が悲しんで泣いているなんて思いもしないのだろうな、と思うとドッと涙があふれて止まらなくなり、家まで走り出しました。
あれから七年余り。今でも、おじさんのことを思い出すと目頭が熱くなります。実はこれを書きながら、やっぱりウルウルとやっているのであります。
【写真】なじみになったカメラ屋さんがあった運河に面したベニスの通り
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