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南海地震

―― 視点 京都大学長 尾池和夫(地震学) ――

 吉田山と花折断層

 毎年4月の土曜日には、地球科学を専攻する加藤護先生の世話で、新入生を対象にした花折断層を歩く会を開催する。今年も小雨模様の中を、吉田南キャンパスから修学院あたりまで20名ほどで歩いた。その様子を紹介して、太平洋に向かって開けた高知の地形と、活断層運動でできた京都盆地の景色との違いを見ることにしたい。

 まず教室で、スライドを用いて1時間ほど講義する。歩く道順の地図で要所と要点を説明しておく。まず、花折断層の読み方である。これは「はなおり」と読むのが正しい。言葉の由来を知るとその理由が分かる。

 花折断層は水平右ずれの活断層である。大きくずれる運動をして大規模な地震を起こすたびに破砕帯が発達してきた。破砕帯は断層全体に分布している。破砕帯が浸食されて谷ができる。京都からその谷が福井県までまっすぐ続き、その谷に沿って道ができた。その道を通って、日本海の鯖(さば)が都へ運ばれてきた。その道を「鯖街道」と呼ぶ。鯖街道に沿って流れる川は、南部では京都市に、北部でも鯖街道に沿って流れ、途中で曲がって琵琶湖へ向かう。鯖街道の分水嶺では破砕帯が浸食されずに、険しい峠になって残った。峠は破砕帯の粘土で滑りやすく、修行僧たちにとって難所であった。やっと峠を越えるとき、記念に修行僧は樒(しきみ)の枝を折った。仏教で樒を花というので、「花折り峠」の名がついた。

 吉田キャンパスには京都大学の象徴である時計台がある。時計台のある建物は、建築学科の初代教授であった武田五一によって京都帝国大学本館として設計されたもので、1925年に竣工(しゅんこう)した。長尾真前総長は、2003年4月の入学式で、尖(とが)った三角形や山型の塔は、権威主義的な雰囲気を感じさせるが、「京都大学の時計台は四角で構成されていて、穏やかであり、調和を感じさせる」と述べた。そして、塔の高さは中庸で、四角い塔は堅実さを象徴し、丸い文字盤の時計は愛らしささえ感じさせ、塔の下の建物の10数本の同じ高さの柱は、構成員の平等、各部局の等しい役割を表現していると述べた。この建物を設計した武田五一は、関西で活躍し、多くの建物を残した。高知では例えば、1930年に竣工した高知県立追手前高等学校の建物が武田五一の設計である。

 歩く会は吉田神社への登り口の石段から始まる。花折断層が石段の登り口付近を通っているので、次の地震のとき手前の鳥居と石段がずれるであろう。

 北部構内のグラウンドからは、断層の地形と東山の浸食地形を眺める。東山は数億年前には海底にあって堆積(たいせき)した地層が隆起してできた。海底にあったとき、マグマが貫入して、両側の岩盤が焼けて硬くなった。その硬い部分が浸食されにくく、高く残ったのが比叡山と大文字山である。花崗岩の部分は浸食されて低い峠となり、麓(ふもと)には白砂の扇状地が両側に発達した。扇状地の尾根を歩いて峠を越え、都から近江へ向かう志賀越道ができた。その道が荒神口から北白川に、京都大学のキャンパスをはさんで斜めに通っている。

 1966年に花折断層のずれが京都大学の地質学者、石田志朗によって発見されてから今日までの、京都大学を中心とする研究の成果の一部を紹介しながら、新入生たちと歩くコースである。南海トラフから沈み込むフィリピン海プレートの押す力で、ずれをくり返す活断層の地形を理解すると、大津波のある高知の地形との違いもやがて理解できるようになると思う。  

2006年5月7日付朝刊掲載

 ※筆者の了解を得てホームページにも掲載しています。

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