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南海地震

―― 視点 京都大学教授 尾池和夫(地震学) ――

 南海地震にまつわる謎 前兆現象の仕組み解明を

 次の南海地震が起こるまでに研究しなければならない課題がたくさんある。一般に研究のためには、有能な人材と充分な予算と研究を実行する場所がなければならない。その上に研究対象によっては研究支援のためのしくみが必要である。

 南海地震の発生を近い将来に迎えるとわかっている日本の現状を見ると、まず研究を進めるための科学者や機関が足りない。それは、もともと明治の近代化の設計図の中で、地震や噴火や津波という現象が、日本列島では気象現象と同じように、重要で大規模な自然現象だという認識が欠けていたことに起因すると思っている。国の近代化にあたって、ヨーロッパの安定大地の文明を輸入したために、動く大地の現象の観測と解析と予測に力を入れるシステムが育てられてこなかったことが影響している。

 もし、国に「地震・火山庁」というような、気象庁と同じように数千人の職員を持つ機関があれば、その分野の人材を養成し、研究と教育を進める機関も、幅広く展開して、地下の現象の情報を市民に伝えるしくみもできていたであろう。

 南海地震に関連していくつかの、まだ解明されていない課題を挙げてみよう。最も重要なことは、南海トラフの巨大地震の発生にともなう、広域の前兆現象観測体制を早期に整備して、巨大地震の前兆現象の観測を実施し、前兆現象の仕組みを解明することである。そのデータをもとに世界の地震予知研究が大きく前進する。この機会に日本は世界の地震研究に貢献するため、あらゆる種類のデータをしっかりと残す義務がある。紀伊半島や四国の沖にある海溝、南海トラフを中心にして、海底の動きを測り、地震を観測し、電流を測り、化学物質を採取し、海溝で何が起こるかを、しっかり記録することが重要である。それによって次の南海地震の前に予報を出すという成果も得られるかもしれない。

 南海トラフの地震に関して不思議なことがある。南海トラフの巨大地震が起こる月は、9月から3月にかけて冬に多いという季節性があることが前から知られていて、私も「日本地震列島」(朝日文庫)にくわしく紹介したことがある。

 この性質に関して国立天文台教授の日置幸介さんの論文がある。毎年8月から10月にかけて、太平洋岸の潮位が、平均して20センチほど高くなり、その重みがプレート境界を押しつけるので、地震の発生を抑制することになるという考えである。潮位が元に戻りはじめると重みが減って地震が起こりやすくなるという。

 安政時代の1854年の二つの巨大地震も、1944年と1946年の昭和の二つの巨大地震も12月に起こった。このような季節性のしくみが解明されると、南海トラフの巨大地震に対する震災軽減対策にも参考にすることができるだろう。毎年秋からは緊張が続くが、半年を何とか乗り切ると、ほっとして桜の季節を迎えるということになる。ただし、地震はいずれ起こることは間違いなく、遅くなるほど規模が大きくなることは忘れてはならない。

 もう一つの課題は、歴史上まだ史料が発見されていない未知の南海地震があるかもしれないということである。地震考古学という分野がこの問題に挑んでいる。  

2003年2月16日付朝刊掲載

 ※筆者の了解を得てホームページにも掲載しています。

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