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河田恵昭・京大教授講演から・下 「減災」の戦略計画を
安政南海地震級のマグニチュード(M)8・4の南海地震が発生した場合、昭和の南海地震(M8・0)と被害はどう違うのか。
高知県沿岸は震度7―6弱になり、大半の古い木造住宅は倒壊する危険がある。倒壊した建物で道路がふさがれ、避難も容易にできない。他地区との連絡道路も斜面やがけの崩壊で当分、通行できず、高知市さえも陸の孤島になるだろう。
漁港内の船や養殖いかだは津波で陸に運ばれ、家屋を壊し、道路をふさぐ。防波堤があると、来襲した津波は容易に沖に戻らず、陸のはんらんは津波が来る度に広がる。
【写真説明】2004年12月26日、スマトラ沖地震で津波に襲われたインドネシア・アチェ州の町
□まずは自助
災害の危機管理の基本は、災害の起こり方、災害時の弱点を知った上で対策を知ることだ。いきなり対策を知っても意味がない。例えば高潮と津波は違う。高さ5メートルの護岸で5メートルの高潮は防げても、5メートルの津波は防げない。津波は海面から海底までほぼ水平方向に動いており、護岸に当たると高さを増し、護岸を乗り越えてくるからだ。
災害が起こる前、住民は自助1割、共助2割、公助7割と思っている。防災は県や市町村がやればいいと思っている。ところが、災害が起こると自助7割、公助1割と分かる。
内閣府は東南海・南海地震の地震防災対策推進地域に21都府県652市町村(2003年12月現在)を指定しているが、陸上自衛隊は70人規模の中隊を200隊しか出せない。つまり、3分の1足らずの市町村にしか入れない。
高知県は孤立集落がたくさん出るだろうが、県の防災ヘリコプターも食料や水の輸送どころでなく、県内の被災状況の情報収集に当たらなければならない。外の力は当分、あてにできない。
現在、自主防災組織の活動が強化されようとしているが、まずは自分がけがをしないこと。けがをしたら防災組織の活動にも参加できない。また当面の食料や水は自分で用意する。災害対応は行方不明者の捜索が優先され、生存者の対応は無視されることがある。
□伝承の活用も
関東大震災以降、日本では地震に壊れない建物、津波に強い防波堤を追求してきたが、想定を上回る地震・津波は起きる。被害をゼロにすることはできない。
だから防災の目標を、ある程度被害が出ることを考慮して、被害の拡大を抑え、被災した社会を早く安定させるような目標に変えなければならない。想定以上の災害が起これば「お手上げ」ではなく、少しでも被害を減らす「減災」を考えなければならない。
その防災・減災の主役は県民。一人一人が自分のこととして考えていかなければならない。それをサポートするのが技術者や専門家だ。
スマトラ沖地震で、インドネシア・アチェ州のある島は15メートルの津波に襲われたが、死者はわずか5人だった。1907年の津波で多くの島民が死に、潮が急に引いて魚が跳ねる現象が起これば高い所に逃げろ、という歌ができ、伝承されてきたからだ。
防波堤や警報システムをつくるのも大事だが、それだけで被害が激減するものではない。津波教育や伝承などと、どう組み合わせるかだ。
次の南海地震は2030年から2040年の間に起こる確率が一番高い。うまくいけばあと30年ある。高知県も長期的な減災の戦略計画を立て、5年ごとの達成目標をつくり、きちんと遂行されているかチェックしていくことが大事だ。知事が代わろうが、計画は粛々と継続していかなければならない。
(2006年1月27日付朝刊掲載)