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河田恵昭・京大教授講演から・上 小さな揺れも危険大
中央防災会議の「東南海、南海地震等に関する専門調査会」委員を務めている京大防災研究所長の河田恵昭教授(59)が、このほど開かれた県議会の南海地震対策特別委員会に参考人として出席。「南海地震に備える防災・減災対策」と題して講演した。要旨を2回にわたって紹介する。
【写真説明】「東海・東南海・南海地震が同時に発生する危険性」を語る河田教授(県議会)
□過小評価
過去の南海トラフの地震のうち、1605年の慶長地震は揺れの被害が記録されておらず、被害は津波でもたらされた。もし、次の南海地震で揺れが昭和の地震より小さかったとしても、津波まで小さいと考えて逃げないようなことがあってはならない。
1896年の明治三陸津波は2万2000人が亡くなった。震度2―3だったが、1分以上長く揺れた。その20―30分後、最大38・2メートルの津波が三陸地方を襲った。
一昨年9月、紀伊半島沖でマグニチュード(M)7・4と6・9の2つの地震があった。和歌山県沿岸12市町村に津波警報が発令されたが、避難勧告を出したのは和歌山市と那智勝浦町だけ。残る10市町村は昭和の南海地震より揺れが小さく、津波も小さいだろうと判断して勧告を出さなかった。
1707年の宝永地震では45日後に富士山が爆発した。南海トラフの地震と富士火山帯は密接な関係があるという歴史的事実となった。現在の富士山は数年前から体に感じない微小地震を繰り返している。
2000年、三宅島が噴火し、今も有毒ガスを噴出している。火山帯の活動は活発化しており、南海トラフで地震が起こってもおかしくない。
1854年の安政地震は東海地震の32時間後に南海地震が発生した。前回は1944年に東南海地震、その2年後に南海地震が起こった。東海地震の断層は動かなかったため、ここは150年以上エネルギーが蓄積していることになる。
□3地震同時も
東海・東南海・南海地震の30年以内の発生確率は順に86%、60%、50%。2003年9月の十勝沖地震(M8・1)は30年以内の発生確率が60%だった。つまり、東海・東南海地震はいつ起こってもおかしくはないし、南海地震もそれに近づきつつある。
一昨年12月のスマトラ沖地震は、断層の破壊が震源から北に約1300キロにもわたった。1847年、1881年、1941年にそれぞれ動いた3つの断層が今回は一挙に動いた。
つまり、東海・東南海・南海も同時に動く危険があるということだ。そうなると、揺れも津波も、想定より大きくなることがあり得る。
中央防災会議が出した次の南海地震(東南海地震と同時発生、M8・6)の被害想定では、高知県の死者は建物倒壊で1300人、津波で2900人など計4900人。住民が高をくくって避難しない場合は1300人増え、計6200人になる。
この数字は条件が悪ければさらに数倍になる。例えば、よさこい祭りで県外からたくさん人が集まっている時や、新潟県中越地震のように台風後に地震が発生した場合。
高知県に到達する津波の高さは10メートルを超える所がある。津波は島や半島に集中しやすく、いったん湾に入ると反射して奥で津波が高くなる。
1933年の昭和三陸津波で10メートルの津波に襲われた岩手県田老町は木造住宅がすべて流失した。アラスカのスウォードという町は1964年に10メートルの津波に襲われ、ガソリンタンクが被災し、町が丸焼けになった。10メートルの津波が来るということは大変なことだ。
(2006年1月26日付朝刊掲載)