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1361年正平南海地震 南国市で津波5・5M
南北朝時代の1361年に四国沖を震源域に発生したとみられる正平南海地震で、現在の南国市で津波の高さが5・5メートル前後あったと推定されることが、都司(つじ)嘉宣・東大地震研究所助教授(56)らの研究で分かった。明応7(1498)年の東海地震以前で津波の高さが具体的に推定されるのは初めて。
正平南海地震では、奈良の興福寺金堂が揺れで破損、阿波(現徳島県)で津波の被害があったなどの記録はあるが、具体的な津波の高さは分かっていなかった。
都司助教授らは、南国市にあった前浜正興寺で、田の寄進状が流されたという古文書の記述に注目。9月下旬、同市教育委員会の三谷民雄さんの協力で、当時、同寺があった場所を探した。
その結果、同市前浜の近藤貢さん(80)が所有する一筆の田んぼに付けられた字名が「大寺」で、五輪の塔など遺物が多く出土し、伝承も残っていることから、この田の付近が正興寺のあった場所だと判断したという。
都司助教授らは「寄進状は寺にとって大切なもので書棚など高い所に置かれるはず」として、押し寄せた海水の高さを約1メートルと推定。土地の隆起や陥没などの要素を除くと、同寺跡の位置の海抜が4・5メートルのため、海面からの高さは5・5メートルと見積もった。
都司助教授は「宝永4(1707)年以降の3回の南海地震は研究が進んでいるが、それ以前の南海地震で津波の高さが推測されるのは初めて」としている。
都司助教授は本紙夕刊「高知地震新聞」で連載「歴史地震の話」を執筆中。今回の研究結果は、6日から京都市で開かれる日本地震学会で発表される。
(2003年10月6日付朝刊掲載)