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――朝刊――
3月20日に高岡郡窪川町、幡多郡大正町と合併して「四万十町」となる十和村で25日、閉村記念式典が行われ、約180人が半世紀近くにわたる村制に別れを告げた。
同村は昭和32年8月、昭和村と十川村が合併して誕生。シイタケ栽培に力を入れ、51、53年に市町村単位で生産高日本一となった。しかし近年は過疎高齢化が進行し、村発足当時7647人だった人口は、3332人(昨年の国勢調査速報値)にまで減少している。
合併問題では、並行して進めていた高幡西部4町村(窪川町、旧大野見村、大正町、十和村)と北幡3町村(大正町、十和村、旧西土佐村)の協議が15年1月に相次いで破たん。しかし、16年1月、窪川町、大正町との法定合併協議会を設置し、大正町での住民投票を経て17年2月、合併協定に調印した。
式典は十川小中学校体育館で行われ、酒井節夫村長が「合併で十和村という名が消えることに惜別の念を禁じ得ない。美しい響きを持ったこの名前を永遠に忘れることはないでしょう」とあいさつ。自治発展や産業振興など5分野の功労者10人、6団体を表彰した。
この後、村役場前で閉村記念碑を除幕。思い出の宴では、村内の女性生産者グループ「おかみさん市」が作った郷土料理を味わいながら思い出を語り合った。井崎の男性(67)は「ずっと十和村で暮らしてきた。言葉にできない寂しさがある」と名残を惜しんでいた。
【写真説明】半世紀近くの村制に別れを告げた閉村記念碑の除幕式(十和村十川)
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