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J1復帰に沸いてから三カ月後のことし一月。コンサドーレ札幌にまたうれしいニュースが飛び込んできた。傘下のU−15チームが大阪市舞洲アリーナで行われたフットサルの全日本ユース大会で快進撃。初の全国制覇を果たしたのだ。
チームにとって二〇〇〇年度は充実した一年だった。北海道内のライバルクラブを破り初の全国大会に出場したのはそのわずか一カ月前。昨年十二月、愛媛県総合運動公園で開かれた全日本ジュニアユース選手権で北海道第一代表として出場し、四国代表の高知中と対戦した。0−1で敗れたが、初の全国大会は大きな経験として生きた。
ともに4−4−2の布陣で激しい中盤の攻防。フィジカル面では高知中を上回っただけに、「後半、やっとエンジンがかかってきたところで終わっちゃいました」と悔しがった札幌三浦雅之監督。それから一カ月後、冬場は室内中心のトレーニングになることも幸いし、二度目の全国挑戦でビッグタイトルをものにした。
Jリーグ各チームは年代別のチームを保有し一貫した選手の育成強化を行うことが義務付けられている。札幌も十八歳以下の高校年代のユース、十五歳以下の中学年代のジュニアユース各チームを四年前に発足させ、毎年秋の選考会でそれぞれ十人前後の有望選手を獲得している。
平成八年に発足したコンサドーレ札幌の歴史は浅い。このためトップチームは単年度ごとの結果を出そうとするあまり、寄せ木細工のような移籍選手中心の構成にならざるを得なかった。将来の主力選手を自前で育てるユースチームの充実は、真に地域に根ざすチームとなるために欠かせない大きな要素だ。
大きな親会社を持たない「市民クラブ」の札幌。J1復帰を果たしても収入が劇的に増えるわけではない。戦力補強では、費用のかかる移籍を徐々に少なくしていくことが求められる。道内二百十二市町村を対象にしたサッカースクールを充実させ、スカウティングも同時に行えるような仕組みを模索している。
こうした中、地道に強化を図るチームからユース出身「第一号」が昨年デビュー。千歳市出身のFW遠国信也選手だ。まだ出番はないものの、後輩らへの大きな刺激となった。そして、いつの日かコンサドーレ育ちの日本代表が生まれる夢は膨らむ。
「J」を持たない本県としても、こうしたジュニアチームとの交流を深められないか。指導者同士のつながりができるのも心強い。ジェフ市原に入団した際の佐川中出身、山口智(現ガンバ大阪)が好例だ。抜群のセンスを持ちながらも無名だった選手が、地元とクラブの両指導者の情報交換のおかげで“金の卵”として発掘された。優秀な選手が県外へ流出しっ放しでは困るが、優秀な人材を送り出す選択肢の一つとして貴重なパイプとなるのは間違いない。
【写真】全日本ユース選手権の高知中−コンサドーレ札幌U−15の試合(白が札幌)。札幌ユースはこの1カ月後、フットサル大会で全国制覇(2000年12月9日・愛媛県総合運動公園陸上競技場)
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