2017.04.26 08:20

【辺野古護岸着工】強行の先に平和はない

 逃げ惑う無垢(むく)の島民たちの命が奪われ、無念の血が流れた海がまた、悲嘆の波にのまれてしまうのか。ジュゴンも泣いている。サンゴもうなだれている。
 沖縄県の米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移転先である名護市辺野古の沿岸部で、政府は護岸工事に着手した。移設施設の建設に向けた沿岸埋め立てへ、海を仕切る工事がいよいよ本格化する。
 現場近くで「阻止」を叫ぶ反対派の市民を無視するように、大型クレーンで石材が据えられていく。沖縄の人たちだけではなく、全ての国民がこの光景を目に焼き付けなければならない。
 これが民主主義を、平和をうたう国の行いなのか。振り返ると、政府は「沖縄の心に寄り添う」と言いながら「対話」の道を脇に置き、対立と敵対で沖縄の民意を踏みにじってきたのが実像だ。
 2014年11月に初当選した翁長知事が翌2015年10月、前知事の埋め立て承認を取り消した。政府は効力を認めず、10月末に工事に着手。その後、互いに提訴、和解を経て、政府が再提訴し、2016年12月20日に最高裁で沖縄県側の敗訴が確定すると、12月27日には工事を再開し、今回の護岸工事へと至る。
 沖縄県民は基地反対の意思を貫いてきた。2016年の沖縄県議選では知事派が過半数を獲得し、参院選でも知事派候補が沖縄北方担当相の自民党候補に圧勝し、沖縄県選出国会議員全てを辺野古反対派が占めた。これほど明確な「ノー」があろうか。
 その民意を踏みにじるように、政府は強行に次ぐ強行を重ねてきた。その先に平和があるのか。
 沖縄の人たちは国の安全保障を否定しているのではない。司法を軽んじているのでもない。戦争で傷つき、なお国内の米軍専用施設の7割以上が集中する島が、なぜ基地の過重な負担を強いられ続けなければならないのか。政府は答えも、説明も尽くせていない。沖縄基地問題のゆがみの源泉はそこにある。
 護岸、埋め立て工事が本格化すると、絶滅危惧種のジュゴンが泳ぎ、サンゴが広がる辺野古の海はもう戻らなくなる。「基地のない沖縄」を願い続けてきた沖縄の人たちの希望と、かけがえのない自然が瀬戸際に立たされている。
 翁長知事は知事権限の「岩礁破砕許可」が3月末で期限切れになったとして、工事の差し止め訴訟を検討しているほか、埋め立て承認の「撤回」など対抗策に踏み切る意向だ。深まるばかりの沖縄の苦悩を前に、政府は強硬姿勢を改め、対話の扉を開かなければならない。
 尖閣諸島への中国の海洋進出や北朝鮮問題の軍事的緊張が高まる中で、不安も広がっていよう。政府や自民党からは沖縄を威圧するかのような発言も聞かれる。
 惑わされてはいけない。今、求められているのは平和への冷静な思考だ。戦後民主主義が試されているのである。
カテゴリー: 社説


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