2017.04.19 08:15

【諫早水門判決】国はなお和解の道探れ

 公共事業と地域の利害対立。住民らに不毛な争いと痛みを強いる構図が繰り返される。
 長崎県諫早湾の国営干拓事業で設置された潮受け堤防排水門を巡る訴訟で、長崎地裁は国に開門しないよう命じる判決を言い渡した。農作物への塩害を訴えた、干拓地の営農者らの請求を認めた。
 水門を巡っては、漁業被害を認めて開門を命じた福岡高裁判決が確定済みだ。国は相反する法的義務を負い続けることになり、紆余(うよ)曲折を経てきた問題の解決のすべは一層見えにくくなった。
 諫早湾干拓事業は、新たな農地開発と浸水被害防止を目的に、長崎県の要望を受け国が1986年に計画を策定。総事業費約2500億円を投じて整備し、1997年に湾を仕切る水門が閉められた。
 その後、有明海特産のノリや二枚貝タイラギが不漁になり、水門の影響を巡って漁業者と農家側の主張が対立。司法の場での争いに発展し、利害対立する双方がそれぞれ国を被告にする異質な構図になり、解決の道筋を複雑化させた。
 この問題をさらにこじらせたのが国の曖昧な対応である。
 漁業者側の主張を認めて国に開門を命じた2010年の福岡高裁判決に対し、当時の民主党政権の菅首相は上告せず、判決が確定した。判決は開門期間を5年間と限り、その間に漁業被害との因果関係を調査し、適切な対策を講じるよう要請したが、それも実行されず、国への不信を増幅させた。
 時の政権の問題ではない。諫早湾干拓事業は、自民党政権下の1950年代から構想され、2008年に完工した。2004年には、漁業者らが工事差し止めを求めた仮処分申請を佐賀地方裁判所が認め、高等裁判所で取り消されるまで約9カ月にわたって工事が中断した経緯もある。
 司法が呈し続けた疑義に対し、国として誠実な対応を取ってきたのか。そこが問われている。
 長崎地方裁判所は判決までに2回にわたり和解を勧告し、農家、漁業者、国の話し合いによる解決を探った。国が100億円の漁業振興基金案を提示するなどしたが、決裂した。対立の溝はあまりに深い。
 開門命令の確定判決を履行していない国は、漁業者側への制裁金を科せられている。2017年3月までに払った総額は7億6500万円に達し、1日90万円の支払いが続いている。全て税金が費やされていく。諫早干拓問題の迷走は国民全体に負担を強いている。
 司法による解決は限界のようにも見える。そうならば原点に返るほかあるまい。国が農家、漁業者らの懸念にもう一度丁寧に向き合い、利害の調整や決着点を探るための協議のテーブルを用意することから仕切り直すしかないのではないか。
 判決が示されたとはいえ、司法の迷いは明らかだ。その裁きのみを盾にするような乱暴な政治判断は許されない。
カテゴリー: 社説


ページトップへ