2017.04.15 08:05

【「共謀罪」法案】危険な本質は変わらない

 いくら名を変え、政府が「心配ない」と強弁しようとも、過去3度も廃案になった法案と本質は何も変わっていない。
 衆院法務委員会で実質的な審議に入った組織犯罪処罰法改正案に盛り込まれた「テロ等準備罪」は、捜査機関による乱用の恐れから成立を断念せざるを得なかった「共謀罪」と同じ趣旨だ。看板を掛け替えたにすぎない。
 安倍首相は衆院本会議で「東京五輪・パラリンピックの開催を控え、テロ対策に万全を期すことは国の責務。国内法整備のために法案成立が不可欠だ」と述べた。
 だが東京五輪のテロ対策は、いわば後付けの理屈だ。政府は過去に廃案となった共謀罪法案と同様、日本が2000年に署名した国際組織犯罪防止条約を締結することが目的だと説明してきた。
 国際組織犯罪防止条約も過去3回の共謀罪法案も、少なくともテロ対策を主目的にしたものではない。罪名を「テロ等準備罪」と変えて東京五輪を強調するのは、安倍首相自身がよく言う「印象操作」ではないかという批判も免れ得まい。
 共謀罪は犯罪が実行されていなくても、計画した段階で処罰される。日本の刑法は実行後の処罰を原則としており、殺人や放火の予備罪などは個別で例外的な扱いだ。「やっていないこと」を罰するのは刑法体系を根底から覆す。
 政府は今回、共謀罪の適用対象を組織的犯罪集団に限定し、暴力団やテロ組織を例示。「正当な活動をしている市民団体や一般人に適用されることはない」とした。
 しかし一方で法務省は、「正当な団体でも目的が一変した場合は処罰の対象になる」との見解を示している。組織的犯罪集団の定義は曖昧なままだ。
 しかも団体や一般人の目的が変わったのかどうか、判断するためには恒常的な監視が必要になるのではないか。テロ等の「等」が何を指すのかも具体性がなく、捜査機関の判断に委ねられる。
 これらの点を総合すれば、捜査権の乱用につながりかねない、共謀罪の危険な本質は何も変わっていない。「乱用はあり得ない」と断定する首相や政府側の言い分は、根拠が薄く無責任ではないか。
 かつての治安維持法も当初は、対象の範囲を狭く限定していた。だが次第に拡大され、政府や軍に批判的な団体が摘発されていった。その苦い教訓を忘れてはならない。
 権力側の恣意(しい)的な判断や乱用に歯止めをかけるなら、せめて憲法の保障する基本的人権や言論の自由などを制限しないという規定を、法律の条文に明記することだろう。
 政府は当初案で対象犯罪を676としたが、「多すぎる」との批判を受けて277に絞り込んだ。しかしこの線引きも曖昧さが拭えない。
 国会審議では「テロ対策」の名目に目を奪われることなく、絶えず本質に切り込む議論を求める。
カテゴリー: 社説


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