2017.04.06 08:05

西南戦争時に高知県人72人戦死 護国神社に名簿が保存

西南戦争時に犠牲になった県人の名前などが記された名簿(高知市の高知県護国神社)
西南戦争時に犠牲になった県人の名前などが記された名簿(高知市の高知県護国神社)
 1877(明治10)年の西南戦争に関連する高知県内からの戦死者72人の名簿が、高知市吸江の高知県護国神社に保存されていることが4月5日までに分かった。当時、高知県内から従軍した人々に関する史料はほとんど残っておらず、調査した高知市一宮東町の歴史家、松岡司さん(74)は「亡くなった方々を網羅した史料として貴重。(西南)戦史を研究する上でも役立つのではないか」と話している。

 名簿は、原稿用紙を和とじした形。表紙の題名は「土佐阿波両国戦死者名籍」とあって、徳島県が高知県の行政区に吸収合併された当時の事情が反映されている。末尾には、西郷隆盛が自刃して西南戦争が終結した1年後に当たる「明治十一年九月二十四日」と作成日が記されている。

 名簿には、西南戦争前年の1876年に起こった士族反乱「神風連の乱」で襲撃され、亡くなった安岡良亮・熊本県令(四万十市出身)を筆頭に、犠牲者の名前や軍の階級が記されている。さらに「熊本城外安政橋口進撃之際戦死ス(吉川元永・陸軍少尉)」などと亡くなった状況などもある。死者のほとんどは西南戦争の官軍に加わっており、激戦地となった田原坂(たばるざか)のほか各地の戦闘で亡くなったことが分かる。

 犠牲者のうち、軍の階級が一番低い「兵卒」が3割、「巡査」(警察官)が2割。兵卒の中には、当時敷かれていた徴兵制によって駆り出された人々が多く含まれると考えられるという。

 また、徳島県側の犠牲者は94人で、名前と階級のみ書かれている。名簿は、護国神社の祭神名簿などを置く場所に保管されており、松岡さんは「何か基になった文章を写したものと推察できるが、県内でこのような史料は見たことがない」と話す。

 西南戦争後は板垣退助らの主導で、武力よりも言論を重視した自由民権運動が高まっていった。筒井秀一・高知市立自由民権記念館館長も「亡くなった方々の名前が明らかになったのは貴重」としている。

カテゴリー: 文化・芸能


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