2017.04.04 08:10

旧日本軍が米上陸に備えたトーチカ群 高知県は国内有数の規模

火器を据え付ける銃眼を備えたトーチカの内部(南国市十市の山中)
火器を据え付ける銃眼を備えたトーチカの内部(南国市十市の山中)
 太平洋戦争末期、米軍の四国上陸に備えて旧日本軍が築いたコンクリート製の防衛陣地(通称トーチカ)が、2017年に入って高知県南国市で4基確認されるなど、調査が進んでいる。ここ10年で確認されたのは計57基。戦争遺跡保存全国ネットワークの出原恵三共同代表=高知市=は「(確認された現存数では)全国有数規模で、旧日本軍が多数の要塞(ようさい)を構築したことを証明する資料」としている。

斜面に残るコンクリート製のトーチカ(南国市十市の山中)
斜面に残るコンクリート製のトーチカ(南国市十市の山中)
 1945年8月の終戦時、高知県内には四国防衛軍として約10万人の兵が展開。海岸線や山中に、トンネルや溝を掘った塹壕(ざんごう)、トーチカが構築されたが、多くは終戦後、進駐軍によって爆破された。

 山中に残ったトーチカは存在が次第に忘れられていったが、約10年前から高知市の平和資料館「草の家」の福井康人研究員らが、調査に着手。南国市や香南市など関係自治体と連携しながら、防衛省に残る部隊の展開図を手掛かりに遺構の調査を進めている。

 2017年1月に南国市十市の山中で3基、2月に1基を確認。これらを含め、高知県内のトーチカは計57基(南国市41基、香南市9基、須崎市5基、高知市1基、宿毛市1基)となった。大半は山の斜面にあり、機銃用の小型(幅2メートル)と中型(幅3メートル)、大砲を据える大型(幅4メートル)など大きさや形状はさまざま。展開した部隊ごとにトーチカの構造が異なることなども分かってきたという。

 福井研究員は「平和教育の教材として活用を模索していきたい」と話している。

カテゴリー: 社会


ページトップへ