2017.03.13 08:25

【原発事故6年】惨状から何を学んだのか

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故から6年になる。
 被災地の福島県ではようやく避難指示解除の動きが出始めたが、それでも約8万人の避難者がいる。避難先で新居を構えたり、故郷を去る選択をした人も多い。地域再生の光は見えない。
 この惨状を見るとき、日本は原発事故から何を学んだのかという思いを強くする。事故後、多くの国民が「脱原発」を望んだはずで、その世論は今も多数派だ。
 原発はいったん事故を起こせば、その処理は人間の想定を超え、完全に制御することは不可能になる。事故後6年を経ても、その事実が浮き彫りになっている。
 事故の原因を調べ、再発を防ぐには原子炉の格納容器の中がどうなっているか、実態を把握することが不可欠だ。だがその作業はまだ入り口にも達していない。
 東京電力は2月、カメラと線量計を搭載した自走式ロボットを投入し、原子炉の内部を調べようとした。人間なら数分足らずで死に至る高い放射線量があるためだが、ロボットは行く手を阻まれ、調査は失敗に終わった。
 政府と東電は2018年夏ごろには溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出し方法を決める方針だったが、その計画が遅れることは避けられないだろう。
 廃炉に向けた作業だけではない。汚染水の処理、除染、賠償などいずれも手間取り、計画通り進んでいない。これらの事故処理費用の総額について、経済産業省は2016年12月の見積もりで21・5兆円に上るとの試算を公表した。
 前回の試算の2倍にも膨張していること自体、見込み違いを露呈している。新たな見積額が今後さらに膨れる可能性も否定できない。
 経産省は賠償費7・9兆円のうち2・4兆円を「原発を保有する電力会社が事故に備えて積み立てておくべきだった」とする。だが、実際には電気料金への上乗せや税金で肩代わりする方針で、事実上の東電救済、原発救済である。
 しかも賠償費だけでなく、「東電が負担する」と法で定められている除染関連の費用も、公共事業と位置付けて国費を投入するという。
 事故処理のための費用は、電力自由化で新規参入する「新電力」にも負担を求める方針だ。大手電力が持つ送電網の使用料という名目だが、自由化の精神に反する。
 ほかにも原発再稼働や老朽原発の運転延長など、安倍政権の原発回帰政策は、まるで事故などなかったかのようだ。廃炉や事故対応の費用を含めても、原子力の発電コストが最も安いとする「重要なベースロード電源」の位置付けが根本にある。
 国民や新電力にまで負担を押し付けながら、本当に原発は「安い」のか。6年目が過ぎても変わらぬ惨状がそこにある。再生可能エネルギーへの転換も含めて、政策を根底から見直すべきだ。
カテゴリー: 社説


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