2017.03.06 08:20

西南戦争で熊本城を守った谷干城の子孫が維新博開幕で高知へ 

谷干城夫妻の墓石に手を合わす谷光弘さん(高知市西久万)
谷干城夫妻の墓石に手を合わす谷光弘さん(高知市西久万)
 高知県高岡郡四万十町出身の明治の元勲、谷干城(1837~1911年)の子孫、谷光弘さん(44)=横浜市=が、3月4日の「志国高知 幕末維新博」開幕セレモニーに合わせて高知を訪れていた。干城夫妻の墓参りとともに、高知城の特設ステージで披露された「谷干城ミュージカル」の一座とも対面し、「干城さんがつないでくれた縁。涙が出るほどうれしい」と喜んだ。

 谷干城は、1877年の西南戦争で薩摩軍から熊本城を守った熊本鎮台司令長官で、学習院長や農商務大臣などの要職も歴任した。光弘さんは干城から数えて5代目。1月に発足した銀座龍馬会や志国高知幕末維新博維新博推進協議会の招きで3月3日に高知入りした。

 3月4日の開幕行事では、四万十町民手作りのミュージカルを初観劇。中尾博憲町長や団員からミュージカル誕生の経緯や20年にわたる歴史を聞き、「先祖を誇りに思ってくれていることが、ひしひしと伝わってきます」と感慨深げだった。

 この後、四万十町関係者の案内で、高知市内にある干城と妻の玖満子ら一族の墓を訪ねた。墓参は四半世紀ぶりといい、「来られるとは思わなかったので、本当に感謝です」。有志の手で管理された墓石の一つ一つに手を合わせた。

 夜、一座の酒宴では「干城役での出演を」と依頼される一幕も。光弘さんは熊本城籠城軍の子孫が2月に東京で開いている「籠城会」を紹介し、「ぜひそこでも上演してほしい」と呼び掛けていた。

 谷干城の子孫は、孫の代から東京都に移住。高知を訪れる機会は少ないが「維新博を機に、2人の娘にも高知が谷家のルーツであることを伝えたい」と光弘さん。「四万十町や高知県の谷干城発信のお力になれれば」と協力を約束していた。

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カテゴリー: 文化・芸能幕末維新博観光


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