2017.01.15 08:00

【緊急事態条項】必要論に引きずられずに

 日本国憲法の施行から70年の節目の年を意識しているのだろう。安倍首相が年初から、改憲に向けた議論の進展に意欲を示している。
 自民党はまず対象となり得る項目について論点を整理し、野党に改憲項目を絞り込むための論議を促す考えのようだ。優先候補とされる項目に「緊急事態条項」の新設がある。
 この条項は、大規模災害時や武力攻撃を受けた際に、内閣に権限を集中させるものだ。迅速に対応できるとの考え方が背景にあるが、一時的に憲法の機能を停止するため、過度に人権が制約されるといった危険性がつきまとう。
 現行憲法に緊急事態条項が設けられていないのはなぜか。幾つかの学説があるが、1946年に新憲法について審議していた衆院の委員会で担当の金森徳次郎国務相が明快に述べている。
 要旨は「民主政治を徹底させ、国民の権利を十分擁護するためには、非常事態に政府の一存で行う処置は極力防止しなければならない」「非常を口実にした政府の自由判断の余地を大きく残しておくと、どんなに精緻な憲法でも破壊される恐れがある」などだ。
 その上で、特殊な事態に対応するため、平時から乱用されない形の規定を完備しておくことの重要性を指摘している。法律や政令などによる備えといってよい。
 戦前から戦中にかけて、「非常時」の名の下に国家総動員体制などが敷かれ、国民の権利や自由は奪われた。その反省を踏まえていることは間違いない。
 安倍首相や自民党は東日本大震災などに絡めて、緊急事態条項の必要性を強調する。だが、災害対策基本法をはじめとする現行法には私権の制限などが盛り込まれている。政府は必要な物資の確保などのために政令を定められるし、市町村長の指示でがれきなどの撤去もできる。
 共同通信社が東北の被災3県の知事と市町村長を対象に実施したアンケートでは、9割以上が緊急事態条項がなくても人命救助や復旧に支障がなかったと答えている。
 有事法制の一つで、大規模テロの発生時にも適用される国民保護法でも私権の制限が可能だ。民有地や家屋の使用、食品や医薬品などの物資保管で知事に強制権を認め、違反者には罰則が科される。
 災害対応などの充実が目的というのであれば、現行法の問題点を洗い出し、必要な改正をするのが先だろう。運用の改善などで対応できることも少なくないはずだ。
 自民党の改憲草案にあるような緊急事態条項を新設すれば、政府の一存で法律と同じ効力を持つ政令を出せるようになる。立憲主義という縛りから権力を解き放ち、独裁へと暴走する政権が現れかねない。
 大災害や戦争を持ち出されると、その方向につい引きずられがちになる。緊急事態条項の危険性を知り、本当に必要なのかをしっかりと考えていかなければならない。
カテゴリー: 社説


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